幸せな野獣/仙三

 車の運転とセックスには、その男の人間性が如実に出ると言う。そう考えると、いま三井の部屋の三井のベッドで元気に腰を振っているこの男――仙道彰は、いったいどういう人間性を持った男なのだろう。
「……ね、ちょっと。ずいぶん余裕じゃないっすか」
 そんな言葉とともに最奥を強く抉られ、たまらず鼻から媚びたような呻き声が漏れる。
「んっ、ふうっ、んん……っ」
「三井サン、ほんと体柔らけえっすよね」
「ふ、つう、だろ」
「そんなことないですって。女の子でもこんなに脚開かねえっすよ」
 仙道はそう言うと、正常位の体勢で組敷いた三井の両脚にぐっと容赦なくその体重を預けた。女でもここまで開かない、というより、仙道の体格で女にこれほどの体重をかけては、脚が開く開かない以前の問題である。もはや暴力だ。
「あぐっ……うっ、くるし、せんど……っ!」
 膝頭がシーツへつくほどに両脚を開かれた三井が、痛みよりも息苦しさに呻く。
「あっ、ごめんなさい」
 痛かった? と首を傾げた仙道が、労るように三井の内腿を撫でながら体を引いた。中と外からの圧迫でめちゃくちゃに押し上げられていた内臓がやっと元の位置へと戻り、ようやく人心地つく。
「痛、くは、ねぇけど……重い」
「あはは、やりすぎちゃいましたね」
 仙道は笑いながら言うと、おもむろに三井の両脇に腕を差し込み、今度はそのままひょいと抱えあげてみせた。
「あっ……!」
 いきなり座位の体勢を取らされ、途端に深くなった挿入に思わず高い声が出る。
「痛い?」
 分かりきった問いを半笑い気味にぶつけてきた仙道を、返事のかわりにきつい視線で刺した。それでもちっとも悪びれる様子のないすました顔が憎らしくて、仕返しにぎゅうぎゅうと後孔を締めあげてやる。
「あ、いたた、痛い、痛いです」
 仙道は慌てたようにそう言うと、床をタップする代わりに三井の背中を軽く叩いた。
「……俺はもっと痛ぇんだけど?」
「えー、嘘だぁ」
 三井の言葉を無邪気な笑顔で否定した仙道は、その大きな両手で三井の腰を掴むと、やや強引な手つきで上下に揺さぶりをかけた。
「あ――、あっ、くぅ……っ!」
 咄嗟に目の前の頭へすがりついて、つんつんと立った硬い髪へ顔を埋める。こうすると、仙道を喜ばせてしまうのが癪だった。普段はどちらかというと個人主義的で他者との距離感を適度に保ちたがるタイプの男が、ベッドのうえではやけに素肌同士の触れ合いを好むのだ。
 服もすぐ脱ぎたがるし脱がせたがるし、準備段階のシャワーから後始末までずっとつかず離れず、つねに三井の体のどこかしらをぺたぺたと触っている。寝る前にトイレへ行こうとするのすら嫌がられるし、朝起きてコンビニへ朝食を買いに行くのも一緒でないと嫌だとごねる。
 けれどそれをおかしいとからしくないとか言えるほど、仙道のことをよく知っているわけでもないのだった。
 今年の春に仙道が偶然三井と同じ大学へ進学してきて、それからの短い付き合いだ。お互い顔と名前と出身校とプレースタイルくらいは知っていたが、それだけである。彼とポジションが被らない三井は、仙道彰入部の報せを聞いて単純に喜んだ。レギュラー落ちの危機に戦々恐々とするほかの部員達には悪いが、やっとまともなフォワードが入ったと胸を撫でおろしたものだ。久しぶりだな、と声をかけたのも三井からだった。部内にはプレーも経歴も見た目もとにかく派手できらびやかな仙道をよく思わない人間もいて、これはまずいと三井なりに気を遣ったのだ。
「――ねえ三井サン、もっとくっついて」
「や、だ……」
「ヤじゃない。ねえ、ほら」
 仙道の両腕が背中へ回され、力いっぱいに抱き締められる。裸の胸に仙道の湿った呼気がかかり、あっ、と思ったときにはもう、右の乳首に前歯を立てられていた。
「あっ、いやだ、それ――」
「だから、ヤじゃねえって。気持ちいいの、これは」
 ね、と無意識下へ擦り込むように言い含められ、反論の暇もなく再び歯を立てられる。反射的に強張った背中を宥めすかすように撫でる手のひらの熱が、いまはどうしようもなく憎たらしかった。
「あ、あ、うう……っ、んっ……」
 厚みのある唇に乳輪ごと吸い上げられ、繋がったままの腰が小刻みに跳ねる。
「うーん、エロいなあ」
「うるせえ……っ!」
「はは、怒んないでくださいよ。褒めてんすから」
 仙道はそう言うと、主人の機嫌を取る犬のようにその顔を三井の胸元へ擦りつけた。
 ベッドのうえでは躾のいい大型犬のようだが、普段の彼は猫に近い。それも、サバンナにいるような大型のやつだ。群れを必要とせず、気儘で悠々とした、野生の猛獣。それがなんの気まぐれか自分から大人しく檻に収まって、鉄格子の向こうからのんびりと人間を観察している――と、そういうような印象である。練習中などは特にそうで、部員たちが喧々囂々と議論を戦わせていても、仙道だけはひとり輪の外でぼんやりとしていたりする。そのくせひとたびコートに立てば誰より貪欲にゴールを攫っていくのだから、まさに能ある鷹――いや、ライオンとか、チーターとか、この際なんでもいいがとにかくおおきい猫科のやつだ――は爪を隠す、というような感じだった。
 いまはその鋭い爪を隠している猛獣が、行儀よく生え揃った睫毛をゆっくり瞬かせながら、上目遣いに三井の顔を見あげてしみじみと言う。
「ほんと、エロい顔するよなあ、三井サン。彼氏冥利につきますよ」
 その言葉に、三井の動きがぴたりと止まった。
「……かれ、し? お前が?」
 彼氏。――彼氏。彼氏だと?
 そんなものにはなった覚えも、した覚えもない。見解の相違だ。
「……え、違うの? 俺、三井サンの彼氏じゃないの?」
 仙道はぎょっとしたように体を引くと、三井の両肩を掴んで悲壮な声をあげた。
「じゃあ三井サン、俺のことなんだと思ってたの!?」
「そ、それは――なんつーか、ほら。あんじゃん、そういうオトモダチ的な、さあ」
「えーっ、ひ、ひどい……」
 しゅんと項垂れた仙道のつむじを見下ろしながら、でもなあ、とこうなったいきさつに思いを馳せる。
 部に馴染む様子も馴染む努力も見せない仙道を心配して声をかけたのは事実だが、そのあと特別なにか世話を焼いてやったり、ほかの部員たちとの仲を取り持ってやったりしたわけではない。当の本人が存外けろりとしていて、孤立していることをそこまで気に病んでいない様子だったからだ。こいつもそういうタイプか、とかつて身近にいた別の天才の顔を思い浮かべ、いらぬ心配だったかとかえってばつの悪い思いをしたくらいだ。
 それがどうしてこうなったのかというと、レギュラーメンバーにひとり、質の悪い上級生がいたせいだった。
 嫉妬心というのは、老若男女問わず恐ろしいものだ。まずは手始めに指導という名のしごきからはじまり、紅白戦で仙道にだけ一切パスを出さないとか、ロッカーの荷物に悪戯をするとかいう子供じみたものまで、その手口は様々だった。
 はじめはよくやるよなと思いながら黙って見ていた三井だったが、その嫌がらせが公式戦の舞台へまで及べば話は別だ。
 仙道の実力を考えれば、いかにチームの雰囲気が悪化しようと出さないという選択肢はない。三井もSGとして同じ試合へ出たのだが、案の定、結果は惨憺たるものだった。その試合の真っ最中である。三井は勝手にプレーを中断すると、おもむろにくだんの上級生の胸ぐらへ掴みかかって、あらん限りの罵声をはきつけたのだ。この下手糞、やめちまえ、とボールを投げつけて大声でさんざん怒鳴り散らし、そのうえ勝手にコートを飛び出してしまった。飛び出さなくとも、十中八九退場処分になっていただろう。
 これには部員も顧問も相手の選手たちも、揃って呆気にとられていた。
 なにせ当の仙道は三井を庇うでもなくいつも通りのすまし顔で相手陣地からその騒ぎを見守っていただけで、三井が普段から特別仙道を可愛がっていたという事実もなく、第三者から見れば、ただ三井が唐突に試合を放棄して上級生へ掴みかかっただけだったからだ。三井も三井で、仙道が可哀そうだとか義憤にかられてとか、そういうつもりで掴みかかったのではなかった。くだらないいざこざでバスケに集中できないことがただただ頭にきて、ついかっとなってしまったというだけの話だった。
 ふたりの関係が変わったのは、その日の夜のことだ。
 誰から聞いたのか三井の携帯へ電話をかけてきた仙道が、いまから三井の家へ行きたいと急に言い出したのだ。酒とつまみは買っていくんで一緒に飲みませんか、と。三井もどうしようもなく飲みたい気分だったから、断らなかった。しおらしい顔でインターフォンを押した仙道を部屋にあげ、くだんの上級生への罵詈雑言を肴に夜更けまで飲んだ。記憶があるのは、ふたりでその上級生の闇討ちを計画したところまでだ。
 講義も練習もすっぽかして目覚めた翌日の午後、全裸のまま自分を抱きしめて眠る仙道の存在と明らかにどうにかなってしまっている尻の感覚に、やっちまった、と頭を抱えた。抱えたのに、それからも何度となく誘いをかけられては流されるまま応え、我に返って頭を抱えの繰り返しだ。例の事件以降部内ではふたり揃って腫れ物扱いで、そのせいか妙な連帯感が生まれてしまっているのもよくなかった。
「――うお……っ」
 油断しきっていた体を急に抱えあげられてベッドの外に引きずり出され、半開きの唇から間抜けな悲鳴が漏れる。不可抗力的に仙道の腕へしがみつくと、硬く隆起した上腕の逞しさに一瞬だけ心を奪われた。生まれつき恵まれた骨格を持っているのは間違いないが、そのうえに乗った実用的な筋肉はまさしく努力の賜物である。悠然とあるがままにその才能を発揮しているように見えて、当たり前のように常人並みかそれ以上の努力も積み重ねているのだ。
 重ね重ね、能あるライオンはなんとやら、である。
 こういうちいさな発見を重ねるたび、仙道という男へ底なし沼のように嵌まり込んでいく自分がいることを、最近では三井も薄々自覚しつつあった。
 しかし嵌ったところで、相手はあの仙道彰である。
 なにかの間違いでこんなことにはなっているが、間違いはいつか正されなければならない。手近で後腐れのない男同士の、ちょっとした火遊びのままで終わらせるべき関係だ。そのうち口に出すのも恥ずかしいような若気の至りとして互いの記憶の奥底に沈められるような、そんな関係であるべきなのだ。
 気儘な猛獣が、なぜか自分にだけに懐いて頭を差し出してくるのがどんなに可愛くとも、越えてはいけない一線というのが、確かにある。檻の向こうのライオンがどんなに大人しく見えても、その鉄格子の鍵だけは決して開けてはならないように。
「――三井サン、ちゃんと自分で立って」
「は……?」
「ほら。そっち向いて、壁に手ぇついて」
 仙道が指差したのは、クローゼットの横に据え付けられた姿見だった。わざわざ実家から運び込んだそれは、ひとり暮しの学生の部屋には似つかわしくない立派な拵えをしている。背丈が伸びはじめたころ、もっと伸びるはずだからと母親に無理を言って買ってもらったのだ。
「い、いやだっ」
「だから、ヤじゃないでしょ? 一回抜いていいから」
 できるよね、と穏やかな低い声が耳元で言う。先刻までの会話を思えば、そこに怒りや苛立ちの色がないのがかえって恐ろしかった。言われるがままに腰を引こうとした瞬間、埒が明かないとばかりにずるりと勢いよく陰茎を抜き去られ、その刺激にがくんと膝が抜ける。
「まっ、だめ、あ……っ」
 力の抜けた体を、仙道の力強い腕が強引に抱えあげた。そのまま力任せに体をぐるりとひっくり返され、背中を仙道の胸へ預けるような恰好のまま、休む間もなく再び中へ侵入される。
「――っ!」
「いいとこ当たった? すっげえ締まりましたよ、後ろ」
 そう言って愉快そうに笑う仙道の吐息が三井の耳をくすぐり、不自由な体が恐怖と快感にぎこちなく強張った。仙道はその分かりやすい反応にまた低く笑うと、不意の刺激に強張った三井の腰を掴み、強引に壁際へ歩きだした。ひとり暮らしの狭い部屋だ。二、三歩も歩けば、抵抗する間もなくふたり分の裸体が姿見へ映りこんだ。
 姿見の前に置いていた通学用のリュックや部活用の荷物が、仙道の足によって無理矢理脇へ押しやられる。咄嗟に抗議の声をあげようとした三井だったが、中途半端に開いた唇に指をねじ込まれ、結局不細工なうめき声にしかならなかった。
「んぐっ」
「鏡、倒さないように気を付けてくださいね」
 仙道はそう言うと、空いているほうの手で三井の腕を掴み、強引に壁へ手をつかせた。そのままぐっと深く体重をかけられれば、倒れまいと反射的に反対側の手も出て、結果的に両腕で鏡を挟むような体勢になってしまう。
「……わあ、全部丸見え」
 エロいなあ、と仙道が他人事のように言った。指を噛まされているせいで、三井はただ恨みがましいうめき声をあげることしかできない。
「三井サンってスタイルいいっすよね。足とか腕とかあんま太くなんないでしょ?」
 鏡越しにぶつけられる値踏みするような視線に、かっと頬へ血がのぼった。
「俺太腿とかすぐ太くなっちまうから、ジーパンとか入んなくなっちゃって大変なんですよね。……いいなあ、腰も細くて。めっちゃエロい」
 まるで袋とじの中身でも品評するかのようなその言葉にあわせて、太腿から腰のラインをじっくりと撫であげられる。
「ん……っ」
 あけすけな仙道の視線から逃れようと俯くと、今度は姿見に映った自分の下半身が余すところなく目に飛び込んできた。苦しげに収縮した腹筋のしたで、はしたなく先走りをこぼす勃起した陰茎が、仙道の腰使いに合わせて情けなく左右に揺れている。
「毛も薄いよなあ。細くって、柔らかくって、生え方も綺麗で、すっげえ好み」
 三井の視線を読んだのか、追い打ちをかけるように仙道が言った。腰を撫でていた手がするりと股間へ伸び、手触りを楽しむように前の茂みを指でかき分けられる。その指先が陰茎へ触れるたびに腰がびくびくと跳ね、後ろに咥えたままの仙道のものを食い締めてしまうのが辛かった。
「はは、濡れてきた」
 くるくると弄ぶように毛を梳いていた指先が、ぐずぐずに濡れそぼった裏筋をくすぐるように撫でる。そのまま陰茎を握り込まれ、同時に後ろを強く突きあげられた。
「あー、あ、ああ……っ!」
 開きっぱなしの口元から、抑えようのない嬌声がぼろぼろとこぼれる。自身の鏡像と額を突き合わせるように姿見へもたれかかると、唇を弄んでいた手で顎を掴まれ、ぐいと顔を後ろへ引かれた。
「だめですよ、ちゃんと見ねえと」
 その言葉とともに耳元へ顔を寄せられ、ふたりの顔が姿見に並んで映る。三井が羞恥に耐えかねて顔を反らそうとした瞬間、背後の仙道が力強く腰を押し付けてきた。そのままリズミカルに突きあげられ、陰茎を扱く手にも容赦がなくなってゆく。
「ああっ! んあ……っ!」
 唐突に襲ってきた強すぎる刺激から逃れようと目の前の壁へ爪を立てたが、賃貸だったことを思い出して咄嗟に拳を握った。前と後ろを同時に責め立てられているうえ、立ったままという不安定な体勢に、目の前の姿見。肉体的にも精神的にも、限界が近付いている。
「三井サン、っ、めっちゃいい、ヤバい……」
 仙道が切羽詰まったように耳元で囁き、三井の口へ差し込んでいた指をずるりと抜いた。その手が下肢へ伸び、今度は左の太腿がぐいと持ちあげられる。身長差は十センチにも満たないはずが、繋がっている箇所が箇所なせいで腰を突きあげるような姿勢になり、全体重を右足のつま先だけで支える羽目になった。
「やめ、せんど……っ、や、や、んあっ!」
「三井サン、ちゃんと見て……自分の顔と、俺の顔も」
 熱く湿った息が頬にかかり、それだけの刺激でも全身が跳ねるように痙攣した。そんな三井の体を、仙道の腕が拘束するように抱き締める。
「俺の顔、すごくないですか。……三井サンのこと、めっちゃ好きって顔、してる」
「なに、いって……」
「余裕なさすぎて、俺なのに俺じゃないみたいだ」
 ほら、と促されるままに鏡を見る。
 みっともなく融けきった自分の顔のすぐ横にある、憎たらしいほど整ったひとつ年下の男の顔。いつも飄々として掴みどころのない、どれほどの理不尽にもすました顔で微笑んでいるだけだった、仙道彰の顔。その顔が、いまは見たこともないほど苦しげに歪んでいた。眉間には深々と皺が刻まれ、目元は興奮で真っ赤に充血し、額には薄っすらと汗が滲んでいる。
「三井サンのこと好きで好きでたまんねーって、顔に書いてある」
 汗に湿った仙道の鼻先が、三井の涙と唾液でどろどろに汚れた頬へ愛おしげに懐く。
「……こんなに好きなのに、俺、三井サンの彼氏にしてもらえねーの?」
「そ、れは……」
「ふたりでアイツのこと闇討ちして、一緒に山に埋めに行ってくれるんすよね。んでふたりで車盗んで逃げて、神奈川帰って、海行って、その辺の堤防で釣りして、夜んなったらふたりでカーセックスして、ずっと、どこまでも一緒に逃げてくれるって――三井サン、あのときそう言ってくれたじゃないですか」
 仙道の声が次第に縋るような色を帯びてくるのを、熱に浮かされた頭でぼんやりと聞いていた。
 言った。確かに言った。酔った勢いではあったが、間違いなく言った。埋めるならどこの山がいいですかね、と仙道が言い、俺も手伝うぜ、と三井が返した。あの野郎外車乗ってやがんだぜムカつくよな、と三井が言うと、じゃあ盗んでやりましょうよどうせ埋まってりゃ乗れねーんだし、と仙道が笑い、捕まる前にいっぺん地元帰りてえな、と三井が言えば、久々に釣りがしたいなあ、と仙道が応えた。寝床はどうする、と三井が問うと、俺一度でいいからカーセックスってやつがしてみたいんすよね、と仙道がとぼけ、俺が助手席で尺ってやるよ、と三井がおどけて返した。どこまで行けますかね、と仙道が聞くので、どこまでもだ、とやけっぱちに叫んだ。
 そして、仙道がこう続けたのだ。
「――三井サン、好きです」
「……っ」
「こんどこそ、ちゃんと返事、してくださいよ」
 仙道は言葉を失ったように黙り込む三井の体をきつく抱き締めなおすと、貪るように強く中を穿った。鏡の中の仙道は、いまにも檻を飛び出さんとする獣のように見えた。鋭い牙と爪を持った猛獣だ。
「あ……っ、だめだ、せんど、っ、もういく、いく、くるし……っ!」
 とうとう膝を折った三井が姿見へ凭れかかると、仙道は容赦なくその首筋へ歯を立てた。固い腰骨が何度も何度も尻を打ち、首の次は耳を、耳の次は肩を噛まれた。背筋がおかしな強さで収縮をはじめ、目の前がちかちかと白む。
「三井サン……っ、ねえ、返事は……?」
 ――あのすました顔のしたに、どれほどの激情を隠していたのだろう。
 そう思わずにはいられない声だった。
 仙道のことを、本質的には他人の熱など必要としていない男なのだと思っていた。誰の助けも必要とせず、一匹で気儘に荒野を生きる猛獣のようだと、そんなふうに思っていた。それは恐らく、三井の勘違いだったのだ。本来は一匹で生きられるはずの猛獣が自ら大人しく檻の中へ収まり、牙をしまって人間の訪れを待っている意味をもう少し真剣に考えるべきだった。
「……おれ、も」
 好きだ、と。気付いたときには、そう口にしていた。
「――ほんとに?」
 その途方にくれたようなか細い声が、三井の心臓を強かに打つ。
 嬉しいです、と仙道が噛みしめるようにちいさく言った。その途端腹の底から震えがくるほどの快感がせりあがってきて、あ、と思った瞬間には姿見に映る自分の股間が白く汚れていた。直後に背後の仙道も腰を震わせ、腹の中のものが緩やかに硬さを失ってゆく。
 しばらくそのままふたりで荒い息を吐いていたが、そのうち、仙道の舌がいたわるように三井の首筋を舐めはじめた。
「くすぐってえって、ばか」
「いいじゃないですか。もう、俺だけの三井サンなんだから」
「……しゃーねーなあ」
 と、もはやそれしか言葉がない。
 セックスにその男の人間性が出るという話は、どうやらかなり信憑性がありそうである。そんな脈絡のないことを考えながら、仙道のきつい抱擁を受け止めた。すました顔で気儘に人を弄ぶくせ、一皮剥けば恐ろしいほどの激情がとぐろを巻いてこちらを睨んでいる。そういう男の、そういうセックスだった。
「……お前さ、車の免許持ってるか?」
「いちおう持ってますけど……なんでです?」
「いや、まあ、なんでもねーわ」
 夏までになんとか車を買って、海を見に行こう。口には出さずに決意する。もちろん運転は仙道で、昼間は海釣り、夜になったらカーセックスだ。そのあと、どこでもいいからとにかく遠くへ行こう。どこまでも、ふたりきり、行けるところまで。

2021.1.19