Pretend Play

 お菓子をくれなきゃいたずらするぞ!
 そんな恋人の声で目を覚ますと、外はもうすっかり暗くなっていた。昼寝のつもりが、思いのほか深く寝入ってしまっていたらしい。ベッド代わりにしていたソファから身を起こし、傍らに立つクリスを見上げた。大きな段ボール箱を一つ、両腕でしっかりと抱えている。
「君、今年でいくつだっけ?」
「三十七歳」
「……七歳の間違いじゃないのか」
 眠気を振り払うように何度か顔をこすり、飲みそびれて冷めたコーヒーをすする。あくびをしながら首をまわすと、凝り固まった筋肉がごりごりと嫌な音を立てた。そうしているうちにだんだんと冴えてきた頭で、冒頭の言葉を反芻する。
「――そっか、ハロウィンか」
「そう、ハロウィン」
「ハロウィンねえ……」
 いまいち気乗りしないセバスチャンは、クリスが抱えている荷物に思いを巡らせながら、彼のさわやかな笑顔を見つめ返した。
「悪いけど、ヴァンパイアならお断りだよ」
「なんで?」
「飽きた」
「――ああ、なるほど」
 あまり落胆した様子はないので、段ボールの中身はヴァンパイアのコスチュームではないらしい。なによりである。親しくなった人間にルーマニアの出身だと打ち明けると、その年のハロウィンはたいていヴァンパイアの恰好で女の子に噛みつかされるのがお決まりだった。十代のころはその役得に感謝しきりだったけれど、三十を超えてそんな馬鹿をやるつもりはない。
「見たかったなあ、セブのヴァンパイア」
「君の定番は? 犬男?」
「せめて狼男と言ってくれよ」
 まったく堪えていない様子のクリスが、抱えていた段ボール箱をおもむろに開く。その中身に、セバスチャンはしばし言葉を失った。
「じゃーん」
「……じゃーん、って、君、正気か?」
「もちろんさ!」
 嘘だ、と思わずつぶやいたセバスチャンは、段ボールからのぞく見覚えのあるトリコロールカラーに言い様のない頭痛を覚えながら、いまだ得意げににこにことしているクリスを見上げた。
「タチの悪いゲイポルノでも撮るつもり?」
「まさか! ほら、ちゃんと君のもあるぜ」
「……ワオ、ほんとだ」
 ちっとも感情のこもっていない声で相槌を打ち、見覚えのありすぎる柄が入った銀色の袖をつまみ上げる。段ボール箱の中身は、キャプテン・アメリカとウィンター・ソルジャーの、チープ極まりないレプリカコスチュームだった。よくよく見ればブルネットのウィッグまで入っている。
「まさかこれを着て近所を練り歩くのか? クリス・エヴァンスとセバスチャン・スタンが?」
「いいね、大ニュース間違いなしだ」
「ああ、すぐにでも引っ越しの準備をしないと」
 セバスチャンの皮肉を聞いていなかったのか、クリスはとっくにヘルメットを模した布製のキャップをかぶっていた。その姿があんまり間抜けだったので、思わず笑みがこぼれる。
「それ、あれじゃないか? 一本目の時の……」
「『君らの買う戦時国債が、兵士たちの銃弾になる』――だろ?」
 さすがに堂に入った再現だった。堪えきれずに声を上げて笑う。それを見たクリスが、芝居がかったしぐさで天を仰いだ。
「ああ、可哀そうなスティーブ。バッキーにだけは見られたくなかったろうに」
「バッキーはいいやつだから、きっと笑ったりなんかしないさ」
 多分な、と付け加えてから、セバスチャンもロングヘアのウイッグをかぶる。プロの仕事の素晴らしさを身に染みて感じるかぶり心地だった。視界を覆う前髪を適当に分け、わざとらしい無表情でクリスを睨む。
「『バッキーとは誰だ?』」
「君だろ。――ほら、衣装も着てみろよ」
 そう言って投げ渡された衣装を見てみると、どうも薄手のTシャツにそれらしい柄をプリントしただけの安物らしかった。ぺらぺらのメタルアームが哀愁を誘う。
「おいおい。クリス・エヴァンスの稼ぎはこんなもんか?」
「たまにはいいだろ。まさか本物を借りてくるわけにもいかないしさ」
「そうだけど」
 文句を言いながらおのおのの衣装に袖を通していくと、顔だけ本物そっくりの偽物が二人出来上がった。これなら、誰にもバレずにNYじゅうを練り歩くことが出来るかもしれない。
「はは、ひっどいな!」
「君が買ったんだろ」
 げらげらと笑うクリスの胸には、プリントされたシルバーの星が輝いている。そこめがけて拳をつきだし、ぱんぱんに張った胸筋をたたいた。その腕をとられ、強く引き寄せられる。
「忘れるところだった。――で、お菓子といたずら、どっち?」
「……ベタだなあ」
 呆れ笑いを浮かべたセバスチャンの頬にキスをしながら、「ベタで結構」とクリスも笑う。そして、「ベタついでに、タチの悪いゲイポルノごっこもどう?」と続けた。キャプテン・アメリカなら口が裂けても言わないようなひどいジョークだ。
「……これが本物のメタルアームならなあ」
「殺す気かよ」
「それが俺のミッションだからね」
 よせって、と笑うクリスの頬にキスを返して、「お菓子のかわり」とうそぶく。
「全然足りない」
「欲張りめ」
「欲張りで結構」
 そう言って頬を膨らませるクリスは、まるで聞き分けのない子供みたいだ。宥めるようにもう一度頬へキスをして、そのまま耳元に唇を寄せる。
「こんなところで腹一杯になっていいのか? ――するんだろ、タチの悪いゲイポルノごっこ」
 本物のキャプテン・アメリカなら、きっと死んでも頷いたりしないような問いだ。けれど今夜ここにいるのは顔だけ本物の偽物なので、なんの躊躇いもなく、満面の笑みで首を縦に振るのだった。

END