All The Young Dudes/リョ三

 憧れのNBAプレイヤーになったからといって、幸か不幸か、街中で若い女性たちに囲まれるとか、所構わずサイン責めにあうとか、パパラッチに追いかけられるとか、そういう有名税的な煩わしさが増えたかというと、特にそんなことはない。バスケという競技自体の注目度に劣る日本では、ましてそうだ。
 宮城が昔母と妹と三人で暮らしていた公営団地はまだ同じ場所に同じ形で存在していて、純粋に、懐かしいなと思う。変装もせずにぷらぷらと歩いていると、平日の昼間ということも手伝って、今風の派手な身なりをした若い男の存在はかなり浮いた。母と妹は宮城がアメリカへ渡った頃に引っ越していて、だから里帰りというのでもない。そもそも親戚はほとんど沖縄にいるから、宮城家で里帰りというと数年に一度あるかないかの沖縄旅行を指す言葉だ。親戚や幼馴染のようなものもいない土地を「地元」と呼んでよいものかどうか迷うこともある。
 それでも、時折無性にこの辺りの景色を見たくなる瞬間があった。
 この感情にラベルを付けるのは難しい。誰に会いに来たわけではなく、過去を懐かしみたいわけでもない。初心を忘れないように、とか、そういう感覚でもない。なんとなくだ。なんとなく、無性に足が向くから来ているだけ。少なくともいまのところは、それ以上の言語化に意味があるとも思えなかった。
 初夏の風は思いのほか冷たく、宮城は羽織っていたジャージの襟を立て、背中を丸めながら歩いた。もうすこし行くと昔よく練習に使ったストリートコートがあって、ちいさな子供なんかが遊んでいれば混ぜてもらうのもいいな、と、そんなことを考えながら冷えた体を擦り、歩調を速める。
 しかし、宮城の目論見は外れたようだ。
 遠巻きに立ち止まってフェンス越しにコートを覗くと、そこには私服姿の少年がひとり、ぽつんと立っているだけだった。年の頃はおそらく十代前半だろう。小柄な体を強調するようなぶかぶかのロンTに、同じくぶかぶかのバスパン。時折思い出したようにボールをつくその姿に、心の奥がぎくりと軋む。
 平日の昼間に、こんなところでひとりぼっちの少年。
 声をかけようかかけまいかとわずかに逡巡した、その瞬間だった。
「――休憩終わり!」
 宮城からは死角になっていたコートの隅から、聞き覚えのある声が響く。少年は弾かれたように顔をあげると、不機嫌そうに唇を尖らせて言った。
「……遅い」
 表情とは裏腹に、声には隠し切れない甘えが滲んでいる。
「うっせーな、こっちはロードの途中だったんだぜ。文句言ってっと付き合ってやんねーぞ」
「頼んでねー」
「口の減らねえガキだな」
 少年がぽつんとひとり立っているだけだったコートに、ランニングウェア姿の長身の男が騒々しく加わった。両手を広げてディフェンスの姿勢をとった男に対し、少年が挑むような前傾姿勢でドリブルをはじめる。どう考えても分の悪いマッチアップだ。
「おら、足止まってんぞ!」
 男の長い腕が造作もなくボールを弾く。少年はきっと視線を尖らせて走り出し、すぐにボールを拾って再びドリブルをはじめた。軋んでいた宮城の心臓が、どくんどくんと音を立てて高鳴りはじめる。
「当たりが弱ェ! そんなんで俺を抜けると思うなよ!」
「――うるせぇ!」
「おーおー、その意気だ。ちびっこい割には気ィ強ぇじゃねえか」
 男が人を食ったように笑うと、少年はむっとした様子で無謀なフェイントを仕掛けた。稚拙なフェイントは案の定読まれ、また造作もなくボールを弾かれる。
「んな小細工で俺が倒せると思うか?」
「だから、うるせぇって!」
「はいはい」
 ちいさな体に闘志を漲らせた少年が、肩を怒らせてボールを拾いに走る。男はその後ろ姿を微笑ましげに眺めていたが、不意に視線をフェンスの向こうへ移すと、はっとしたように目を丸めて「おい」と怒鳴った。
「お前、まさか……宮城か?」
 男の言葉に、少年もぱっと顔をあげる。
「――えっ、嘘、宮城リョータ?」
 突然の出来事に呆然とする少年とは対照的に、男は「マジかよ」と苦笑交じりに言いながら、フェンス越しの宮城のもとへ小走りに駆け寄ってきた。
「おいおい、覗きとは随分趣味のわりーこったな」
「……ちょっと、人聞きわりーこと言わんでくださいよ。たまたま通りかかっただけだってば」
「つか、帰ってたんなら連絡ぐれー寄越せよ」
「昨日の夜こっち着いたばっかっすよ。――それに、アンタだって大概忙しいっしょ、三井サン」
 照れ隠しに鼻をかきながら宮城が言うと、男――三井は人の悪い笑みを浮かべて「まあな」と答えた。そんな三井の足元へ、ボールを抱えた少年が駆け寄ってくる。
「……ね、ねえ」
 少年は三井の服の裾を控えめに引っ張りながら、期待に満ちた顔で宮城を見上げた。三井のおおきな手が、そんな少年の頭をぐりぐりと乱暴に撫でる。
「ああ。これが今を時めく大スターの宮城リョータ大先生だぜ」
 存分に拝んどけ、とガラの悪い顔で笑った三井を、少年の火照った顔が喜色満面に振り仰いだ。
「本物だ……!」
「おう。コイツ俺の高校の後輩だからよ、サインぐれーならなんぼでも書かせっぞ」
「げっ、横暴」
「るせー。黙って書け」
 口汚いやり取りを繰り返す大人達を尻目に、少年がコートの隅へと駆け出す。先ほどまで三井が座っていたと思われるそこには、三井と少年の荷物と思しきものが置かれていた。隣同士に並んだボディバッグとバックパックのうち、使い古された黒いバックパックのほうから、油性のネームペンと大学ノートが乱暴に引っ張り出される。
「……あの、これ」
 肩を弾ませながら戻ってきた少年が、ペンとノートをおずおずと差し出した。その強張った背中を、三井が励ますようにぽんと押す。
「後でシューズとバスパンにも書いてもらえよ」
「いいの?」
「いいに決まってんだろ。なあ?」
 宮城は受け取ったノートを開きながら、苦笑交じりに頷いた。
「そりゃもちろんいいけどさ。アンタ俺の代理人かなんかかよ」
「俺のセカンドキャリアも安泰だな」
「馬鹿言うなって。英語の赤点常習犯だったくせに」
 ふっと体ごと高校時代に戻ったような気分で軽口を叩き合いながら、まっさらなノートにペンを滑らせる。
「ほら」
 書き終わったサインを手渡すと、少年はいかにも感極まった顔でぴょこんと姿勢を正し、腰を九十度に曲げて頭を下げた。
「あ、ありがとうございます……!」
「おう。いいってことよ」
 宮城の代わりに三井が答え、少年の下げた頭をぐりぐりと撫でる。おおきな手に二度も三度もかき回された細い髪はすっかり鳥の巣のように絡まってしまって、見るも無残な様相を呈していた。
「三井に言ったんじゃないってば!」
 案の定、少年からきゃんきゃんとクレームが飛ぶ。けれど頭を撫でる手に文句は言わないあたり、相当三井に懐いているのだろう。
「み・つ・い・サ・ンだろーが、チビ」
「チビじゃねー!」
「嘘つくなって。どっからどーみてもチビじゃねーか」
「三井がデカすぎるんだよ……っ!」
「だーかーらー!」
 目の前で繰り広げられるどこか懐かしい感じのするやり取りに、宮城の頬も勝手に緩んだ。
「いいんじゃねーの三井で。ミッチーよりはマシじゃん、ギリ」
「あっ、テメー、それ言うなって」
「じゃあ『炎の男・みっちゃん』?」
「それも言うな!」
「……ミッチー?」
 ぎゃんぎゃんと吠えだした三井の隣で、少年が小首を傾げる。宮城は意地悪く笑いながらしゃがみ、少年の耳元でこっそり答えた。
「このひとの昔のあだ名。だせーだろ」
 そう言って笑いかけてやると、少年もやっと緊張がほどけた様子で「うん」とはにかみながら頷く。
「うん、じゃねーだろこのクソチビ」
「だから、チビじゃねーって!」
「その台詞は俺よりでかくなってから言うんだな」
「……なる。ぜってーなる!」
「おー、その意気だぜ」
 三井は満足げにそう言うと目を細めて笑い、今度は自分がくしゃくしゃにした髪をほどくようにして、優しく少年の頭を撫でた。すると少年の頬はみるみるうちに赤らみ、宮城は思わず内心で「罪なひとだなあ」と独り言ちながら、ため息をひとつ。
「――ちょっと、お二人さん」
 宮城が声をかけると同時にぱっと向けられた二つの顔は、父と息子、叔父と甥などと例えるよりは、年の離れた兄弟や従兄弟と言った方がふさわしいように見えた。若々しいというより、子供っぽい。それがいかにも三井らしくて、こらえきれない笑みがこぼれる。
「あんだよ」
 宮城が笑ったのを目敏く見咎めたのか、三井が怒ったように眉根を寄せて言った。多分、ただの照れ隠しだろう。表向きの部分をどれだけ突っ張ってみせても、性根のところにある育ちの良さやガキ大将的なやさしさは隠し切れない。本人もそれをなんとなく自覚しているから、こうして恥ずかしがるのだ。
 宮城は「罪なひとだなあ」と再び内心で独り言ちてから答えた。
「いや、ほら。せっかくだから俺も混ぜてよ」
「えっ?」
 少年が、緊張と期待に裏返った声をあげる。
「フライトで体鈍っちまって。ちょうど動きたかったんだよね」
 いいでしょ、と三井を見上げれば、照れ隠しのしかめ面はひっこみ、懐かしのバスケ小僧がニヤリと笑っていた。

 堅苦しい技術指導などは一切抜きに、宮城も三井も少年も目一杯バスケを楽しんで、たっぷりと汗をかいた。
 下校時刻を迎えた小学生の姿が増えはじめるのと同時に、名残惜しげな顔の少年を「またな」と見送って、コートには三井と宮城のふたりきりになる。
「――人増える前に場所移します?」
 宮城が尋ねると、三井は一瞬驚いたように目を丸めてから「おう」と短く答えた。
 冷えた汗を拭いながらコートを後にし、肩を並べてあてもなく歩く。
 三井と最後に会ったのは、宮城がアメリカの大学へ留学する直前だった。指折り数えれば、じつに六年ぶりになる。
 宮城がNBAでプロとしてのキャリアを歩みはじめるより先に、三井は日本国内のプロリーグで一足先に出番を掴み、多少の浮き沈みはありながらも、リーグを代表する選手のひとりとしていまに至っている。
 その姿を、遠くアメリカから画面越しに眺めていた。そして、自分がアメリカで結果を残すまでは絶対に会うまいと心に決めた。
 これは、宮城のつまらない意地だ。三井だけでなく、他の知り合いともほとんど会っていない。特に湘北の面々には死んでも心配や同情をされたくなくて、帰国した際にも絶対に連絡は取らなかった。
 昨シーズンのはじめにようやくチャンスをもぎ取って、死に物狂いで走り回った。流川や沢北の動向ばかりを報じていたメディアが、手の平を返したように宮城のプレーを報じはじめた。小柄な体で屈強な選手たちとしのぎを削る姿は、時に流川達のようなエリート街道をひた走る選手以上に日本国民の耳目を集めた。
 だが、たったそれだけのことで満足したわけではない。
 コートに立つ前はいまだに吐き気がするほど緊張するし、足も震える。二メートルを超す巨躯で軽々ダンクを決めるような化け物と相対すると、尻尾を巻いて逃げ出したくなる。その弱気がプレーに出て、悔しい思いをすることもまだまだある。
 だが、それでも平気なふりをして一年戦い抜いた。
 だから、まあ、そろそろかな、と自分を許す気持ちも僅かにあった。神奈川へ帰って、沖縄へ帰って。自分をすこし見つめなおして、心の隅にしぶとく居座るひとりぼっちの少年達を、またひとり許してやってもいい。そういう気持ちになったから、あのコートへ足が向いたのかもしれない。
 そんなタイミングでまさか偶然、よりにもよってあんな形で三井と再会するとは思わなかった。図ったような天の差配に思わず苦笑がもれる。
「……いつもああやって遊んでやってんの?」
 苦笑を浮かべたままそう尋ねると、三井はすこし気まずげに「あー」と言葉を濁し、首の後ろを擦りながら答えた。
「たまにな。……アイツすげーバスケ馬鹿でさ、俺んことも見るなり『三井だ!』って寄ってきてよ」
「へえ、そいつは奇特なこって」
 昔の調子で混ぜ返すと、三井も相変わらずの短気で返す。
「……相変わらず口の減らねえ野郎だな」
「お互い様っしょ」
「けっ」
 しかめっ面の横顔に、高校時代の面影が重なった。当時と比べて肉の落ちた顎先には、宮城がつけた傷跡がまだ残っている。宮城はわずかに目を細めてその傷跡を眺めてから、仕切り直すように「つーかさ」と明るく言った。
「アンタ、ガキ相手に大人げなさすぎねえ?」
「そうかあ?」
「見た感じ中坊だろ。チビチビ煽って、可哀想に」
「だってチビじゃん。やだねー、チビ同士で庇いあっちゃって」
 そう憎まれ口を叩いて高慢ちきに唇を吊り上げる横顔に、腹立たしさよりも懐かしさを覚えるのは末期だろうか。ムカつくぜ、と軽く踵を蹴ってやれば、肘で肩を小突かれる。こんなやり取りだって、高校時代は本気で苛立ちを覚えたこともあったはずなのに、いまはただひたすらに懐かしかった。
 そうやって大人げないじゃれ合いを繰り返しながら、目的もなくだらだらと歩き続ける。整備された公営団地の敷地を抜け、かつて通学路に使っていた市道に出て、そこからさらにあまりひと気のない裏道へ曲がる。大通りを歩いたところで騒ぎになるほどの知名度にはいまだ至っていないのだが、なんとなく、この時間を誰にも邪魔されたくなかったのだ。
「……アイツ見てるとさあ」
 しばしの沈黙があったあと、不意に三井が口を開き、ぽつりと言った。黙って続きを促すと、三井の目線が盗み見るように宮城を捉える。
「なんか、懐かしくてよ。ちびっこいのに気ィ強くて、ずっと肩肘突っ張ってる感じでさ。あんな上手ぇのに、他にガキがいる時間はひとりでドリブル練習とかしてやがんの」
「……へえ」
「もったいねーと思うだろ、普通。ああやってるうちに、バスケなんかつまんねー、って辞めちまったらヤだしさ」
 三井の話を聞いているあいだ、宮城はざわざわと騒がしさを増す心臓の音を押し殺すのに必死だった。いますぐ話を遮ってしまいたいような、大声で叫びながら走り出したいような、ニヤニヤと笑い出したいような、手当たり次第に罵詈雑言を浴びせてやりたいような、なんとも形容しがたいいたたまれなさが全身を蝕む。
「……学校行けとか言わなくていーわけ、大人として」
 宮城は己を苛むいたたまれなさにとうとう耐え切れなくなって、話の矛先を逸らすように口を挟んだ。三井がきょとんとした様子で目を瞬き、ぷっと吹き出すように笑う。
「んなの俺が言えた立場かよ。だいたい、学校なんかちょっとサボったくれーじゃどうってことねえって」
 な、と同意を求めるように肩を叩かれれば、よしてよ、と力なく笑うほかない。
「俺たちがいい例だろ。湘北の問題児軍団が、いまじゃバスケ小僧どもの憧れの的だぜ」
「……アンタみたいな元ヤンと俺を一緒にしねーでくださいよ」
「ああ言えばこう言う。相変わらずほんと憎たらしい野郎だぜ」
 ふんと鼻を鳴らして笑う三井の横で、宮城ははたと歩みを止めた。
「アンタこそ、ほんとに相変わらずっすね」
 宮城の二歩ばかり先で、三井が怪訝そうに振り返る。
「なんだよ」
「……別に。なんでアンタってそうなんだろうなって思っただけ」
「なに急にキレてんだよ」
「キレてねーって」
 むしろ、ここで怒りを爆発させられたらどれほど楽だろうかと宮城は思った。ここや、いつかのどこかで。
 こんな男を一度でも兄と重ねた自分が腹立たしかった。俺が何したって言うんだ、頼むから死んでくれよと何度も思った。何もかもがどうでもよくなって、死んじまってもいいかな、とさえ思ったこともある。
 でも、死ななかった。宮城も、三井も。
 お互い死に損なって、バスケだって捨て損なって、なぜだかいまこうして二人で歩いている。それが心底不思議だった。
「キレてねーけど、アンタ見てると無性にキレたくてたまんなくなることはあるよ」
「……どういう意味だよ、それ」
 三井の瞳が不安げに揺れる。こういうところだ、と思った。時に人生を棒に振るほどの意地を張ってみせるくせに、一度懐へ入れた相手には、驚くほど無防備にその感情を曝け出してもみせる。三井と話していると、気を許されているな、と感じると同時に、甘えられているな、と思うことがある。そしてそれは多分、三井に気を許された人間ならば誰しもが思うことだ。
 罪なひとだ、と思う。
 誰にでも簡単に心を開いて、信じて、甘えて、だから簡単に傷つくのだ。簡単に傷ついて、簡単に道を誤って、簡単にまた戻ってきて。簡単に他人の心を救って、けれどそれは、たったひとりの自分だけに向けられたやさしさではない。
 ほんとうに、罪なひとだ。
 三井との間に横たわっていた二歩ばかりの距離を一方的に詰めて、胸倉をつかんだ。
「――っ」
 殴られるとでも思ったのか、息を飲む音。反射的に閉じられた瞼。閉じそこねた唇。
「こういう意味だよ」
 半笑いで告げて、半開きの唇へ自分のそれを重ねる。三井が再び息を飲む音と同時に、心の奥にしまっていた愛とも憎しみともつかない思いが死んだ音がした。
「……ほんとはさ」
 胸倉をつかんでいた手を離し、ちょうど目の高さにある傷跡を睨みながら言った。
「あんときこうしてりゃあよかったのかもな」
 傷跡の下にある尖った喉仏が震える。
「だから、どういう……」
「どういう意味かって?」
 小首を傾げながら視線を上げると、戸惑いに揺れる飴色の瞳が宮城を見下ろしていた。くっきりとした二重まぶたに縁どられている、力強い目元。いつも眠たげで覇気に欠ける宮城のそれとは正反対だ。赤の他人なので当たり前だが、まったく似ていない。
 そう、まったく似ていないのだ。
 そう思った途端ざわついていた心がすとんと凪いで、自分でも驚くほど素直に言葉がこぼれた。
「……強いて言うなら、けじめかな」
「なんのだよ」
「さあ。けじめっつーか、墓参り?」
「はあ? 俺、死んでねーんだけど」
 勝手に殺すなよ、と三井が困ったように笑った。ほんとっすね、と宮城も笑う。
「殺しそこなっちまったもんなー、あんとき。人生最大の後悔だわ」
「……二度は詫びねーぞ」
「頼んでねーって。ちょっと浸ってるだけ」
「あっそ」
 ついさっき口付けたばかりの唇が、拗ねたようにつんと尖った。普通もっと怒るとこだろ、と、他人事のように可笑しな気分になる。でもまあ、こういうひとなんだもんなあ。
「――あ、そーだ。三井サンも行きます?」
「どこに」
「沖縄。本物の墓参り」
「本物ォ? つか、沖縄?」
 三井が怪訝そうに言った。当たり前だ。これまでわざわざ自らの家族構成を他人に語って聞かせたことなどないし、きっとこれからもそうだ。兄のことは三井の顎の傷跡のようなもので、時間と共に薄くなりはしても、きっと死ぬまで消えやしないだろう。
「俺さ、じつは地元沖縄なのよ」
「……中学この辺じゃねえっけ?」
「その前。ガキん頃の話ね」
「ふうん」
「三井サンはずっとこの辺でしょ?」
「ああ。大学で東京行ったのがはじめての引っ越しだな」
「シティーボーイっすね」
「そうでもねえだろ。海しかねえじゃん」
「沖縄はもっと海しかねえっすよ」
 とりとめのない会話を気負いなく交わしながら、ふたり肩を並べ、自然に前へと歩き出した。そうしているうちに汗をかいた体が冷えはじめると、互いの熱を求めあうように、ふたりの距離がすこしずつ縮んでゆく。そのうち肩や肘が触れあって、歩くのにはひどく邪魔だったが、お互い文句のひとつも言わずに歩き続けた。
 罪なひとだなあ、と思う。けれどもう腹は立たなかった。その代わり、心の奥、ひとりぼっちの少年の横でひっそりと死んだ愛とも憎しみともつかない思いのうえに、もっとやさしくて甘酸っぱい気持ちが、ぽこんと音を立てて浮かび上がった。

2023.05.17