Do You Want To/仙三

 三井さん、と呼びかけると、きれいなアーモンド形の瞳が上目遣いに仙道を見上げた。
「なんだよ」
「いや、べつに。呼んでみただけです」
「はあ?」
 三井が怪訝そうに眉をひそめる。仙道は作りたてのカップ麺を折り畳み式のテーブルへ並べながら、そういえば、と切り出した。
「今日泊まっていきますよね?」
 ぱちんと行儀よく手を合わせながら、三井が頷く。
「おう」
 仙道も三井の隣へあぐらをかきながら、ほっと胸をなでおろして頷いた。
「よかった」
「いただきます」
「どうぞどうぞ。……いや、三井さんの奢りですけどね、これ」
「そうだった」
 ふたり並んで割り箸を割りながら、顔を見合わせてけらけらと笑う。テーブルに並んでいるカップ麺は、三井が手土産に買ってきた期間限定のコラボ商品だった。レギュラー商品と比べると百円ほど高く、親の仕送りをどんぶり勘定でやり繰りしている仙道にとって、振り込み予定日前の月末なんかはちょっと購入を躊躇う程度のお値段である。
 買えなくもないが、毎日これではちょっとキツイ。そのくらいの値段のものを、カップ麺に限らず、三井はよく手土産として持ってきてくれる。カップアイスやコンビニスイーツだったり、スナック菓子の詰め合わせや、チェーン店ではないハンバーガーショップの新商品だったり。かなりジャンクなラインナップだが、これがけっこう嬉しいのだ。たまにしか食べられないからこそ美味しい、というやつだろう。
「ちょっと辛いな」
 ひと口目を食べ終わった三井が、軽く鼻をすすりながら言った。
「三井さん、辛いのだめだっけ?」
「だめじゃねーけど、すげー好きってわけでもねえっつーか」
「ふうん」
「失敗したな。いつもの豚骨のほうにすりゃよかった」
 そう言いながら、箸を動かす手は止まらない。カップ麺など、食べ盛りの高校生男子にしてみればちょっとした間食のようなものだ。ふたりともあっという間に麺を食べ終わって、三井がふたたびぱちんと手を合わせる。
「ごちそうさまでした」
「おそまつさまでした。……まあ、ただケトルのお湯注いだだけですけどね」
「その調子で片付けもよろしく」
「もちろんですとも」
 仙道がカップ麺の空を持って立ちあがると、三井も同じく立ちあがって、後を付いてきた。そうは言っても下宿用のワンルームアパートでは、三歩も行けばキッチンへつく。シンクで空き容器をすすいでいる仙道の横で、勝手知ったる様子の三井がおもむろに冷蔵庫の中身を物色しはじめた。
「コーラねえの?」
「ないっすよ。自分じゃ買わねえもん」
「これ麦茶?」
「はい。今朝作ったやつなんで、もう冷えてると思うけど」
「今日クソさみーのに。季節感ゼロじゃん」
「いいでしょべつに、俺んちで俺が飲むもんなんだから」
 仙道がそう答えている間にも、三井の腕は食器かごへ伸びている。そのまま許可もなくグラスを一個拝借され、思わず苦笑いがこぼれた。
「三井さーん。俺も飲みてえなあ、麦茶」
「セルフサービス」
 三井がにべもなく答える。それに「冷てえの」と笑って返し、濡れた手を部屋着のジャージで拭いながら自分用のグラスを手にとった。
 仙道がとぽとぽと麦茶を注いでいる間に、自分はとっくに麦茶を飲み終わった三井がすっかり我が物顔でベッドにあぐらをかいていた。仙道の下宿はソファなど置くスペースさえない狭小アパートだから、座るとなると床かベッドしかない。仙道も三井に倣ってさっさと麦茶を飲み干し、空いたグラスをテーブルのうえへ放ったままベッドによじ登った。
「あ、こら。せめーだろーが」
 壁を背もたれ代わりにしている三井の隣へにじりより、壁と三井の肩へだらしなく寄りかかる。するとセットされた髪が顔へあたって邪魔だったのか、三井の手がぐいぐいと仙道の頭を押した。
「なんなの、お前。くすぐってーって」
 三井が笑いながら言う。仙道もつられて笑いながら、寄りかからせていた頭をずるずると三井の膝へ滑らせた。膝枕、というにはややもみくちゃな感じの姿勢だが、滑らせた頭を三井の薄い腹へぐりぐりと擦りつける。すると三井はくすぐったそうに喉を鳴らしながら「暑苦しー」と文句を垂れた。
「さっきはクソさみーって言ってなかった?」
「さっきはさっき。いまは暑苦しい」
「横暴だなあ」
 仙道が眉をさげて抗議すると、三井は「うるせー」とやけくそな反論をしながら、膝の上でつんつんとしている黒髪をいたずらに引っ張った。
「いてっ」
「おお、意外とやらけーのな、お前の髪」
「そうですか?」
「いや、まあ、硬いことは硬いけど。思ったよりはやらけーなって」
「三井さんの髪、ふにゃふにゃっすもんね。猫っ毛ってやつ?」
「誰がふにゃチンだコラ」
「言ってねーって!」
 理不尽に頭をはたかれながら、顔を見合わせてけらけらと笑う。三井とこうしてじゃれあっているとまるで十年来の幼馴染かなにかのようで、けれど実際にはほんの数か月に出会ったばかりの人なのだから不思議だった。
 仙道がはじめて三井の存在を認識したのは、インターハイの神奈川県予選だった。ダークホース的存在のチームの、隠し玉的な存在。興味をそそられるプレイヤーではあったけれど、それだけだった。
 その印象が覆ったのは、インターハイ後、国体の神奈川県選抜に揃って選ばれたときのことだ。強化合宿の宿舎での部屋割りが偶然一緒になって、なんとなく行動を共にしているうちに自然と「面白れぇ人だな」と思うようになった。面白いというか、いじりがいがあるというか。ちょっとガラの悪い雰囲気があるからはじめはすこしとっつきづらかったが、それが単なる照れ隠しとわかってからはあっという間に距離が縮んでいった。
 仙道はもともと年上相手に変な気兼ねをするタイプではなく、三井も案外懐を開くのがはやいというのか、意外と人懐っこく、一度気を許した相手には必要以上にずけずけ物を言ってくるタイプだ。宮城などはそんな三井を無神経だとか横暴だとか散々に言うのだが、仙道にはその無神経なずけずけ感がかえって面白く感じられ、何の気なしに一緒にいるうち、はじめは単なる好奇心からくるものだった興味が、いつの間にかチームメイトに対する愛着へと変わっていたのだった。
 おかげさまですっかり三井と別れるのが寂しくなって、国体後に催された打ち上げの食事会では、珍しく仙道のほうから連絡先の交換を申し出た。ちょっとしたメッセージのやり取りからはじめて、自主練に誘ったり、大学生の試合を観に行ったり。買い物へ付き合ったり、釣りへ付き合わせたり。仙道が一人暮らしであることがバレてからは、下宿のアパートで録画した試合の映像を観たり、三井が持ち込んだテレビゲームで遊んだりもした。今日のように、なにもせずただふたりでダラダラするだけの日も増えた。
「……ねえ、三井さん」
 不格好な膝枕姿のまま、頭上の三井を呼ぶ。思いがけず、なにとは言わずねだるような、甘えた声音になってしまった。
「なに」
 三井の手が仙道の頭を雑に撫でる。まるでじゃれついてくる大型犬でもあやしているみたいな手つきだが、それについては特段なんの不満もない。仙道は機嫌よく目を細め、にんまりと唇を曲げて三井を見上げた。
「なんだと思います?」
 問われた三井もにんまりと口角をあげる。仙道のうえに人型の影が落ちた。
「……これだろ」
 ちゅう、とわざとらしいリップ音を鳴らしながら、三井の顔が離れてゆく。吐息とともに確信を持って尋ねられ、仙道はにんまりと笑んだまま頷いた。
「せーかい」
 元通りに体を起こした三井が、呆れ顔でため息をついた。
「お前ってさ、たまにそーいうめんどくさいこと言うよな」
「嘘。俺、めんどくさい?」
「めんどくさい。したいならしたいって言えばいいだろ」
「じゃあ、したいです」
 食い気味に、はっきりとそう答える。二人の関係が他校の先輩と後輩という枠組みからさらに踏み込んだものへ変わっていったのは、いつのことだったろう。踏み込んだ、というのか、踏み外した、というのかは分からないが、一度箍が外れてからはあっという間で、つまり、男子高校生はいつだって欲求不満なのだった。それは三井だって同じことで、その顔にはどこか挑発的な色合いの笑みが浮かんでいる。
「……あのさあ、仙道」
「なんです?」
 仙道の問いには答えないまま、三井があぐらをほどいて姿勢を正した。その際に容赦なく頭をベッドのうえへ落とされたので、仙道も渋々起き上がって正座を作る。
 仙道が話の続きを待って寝乱れた頭をわしわしとかいていると、三井はおもむろに犬のお座りのような姿勢を取って、上目遣いに仙道を見上げた。犬のお座り、と例えたが、セクシーなお姉さんがカメラの前で胸の谷間を強調するときのような、そういう姿勢にも見える。
「お前さ、フェラってされたことある?」
 三井の問いは唐突だった。
「えっ、ねえっす」
 仙道はぱちくりと目を瞬きながら答えた。答えを聞いた三井がにんまりと笑う。
「へえ、ねえんだ」
「……三井さんはあんの?」
 ちょっとばかりむっとしながらそう問うと、三井はやっぱりにんまりとしたまま「どうだろうな」と意味深に答えた。
「されたの? したの?」
「んー、どうだろうな」
「……どっちもでしょ、どうせ」
 いまだにんまり笑ったままの三井をじとりと睨みつけ、唇を尖らせる。
 はじめてキスをしたときも、はじめて互いのものに触りあったときも、三井は男同士の行為に嫌悪感を見せないどころか、仙道と同じだけ乗り気で、仙道よりずっと手慣れたふうだった。はじめてじゃないんだな、と、童貞みたいに切迫した思考の片隅で妙に冷静にそう思ったのを、いまだによく覚えている。
「そうだって言ったらどうすんの?」
 三井が試すように言った。仙道はむっとしたまま「どうもしないけど」とぶつぶつ答える。
「けど?」
「どうもしないけど、じゃあ、俺にもしてくださいよ」
「なんで?」
「……だって、ずるいっすもん」
「ずるい?」
 なんだそれ、と三井が笑う。なにがずるいのか、それは仙道自身にだって分からなかった。けれど口から出た「ずるい」という言葉は本心だ。むっつりと唇を尖らせたまま三井を睨む。
「俺、してもらったことない」
「なに、拗ねてんの? それとも妬いてる?」
「どっちもです」
「はは、かわいーの」
 三井は肩を揺らして笑いながら言うと、座ったままわずかに背伸びをして、ちょんと仙道の唇を奪った。仙道も応えるように顔を差し出し、三井の背中へ両手を回す。三井の手は仙道の下腹へ伸ばされ、たるんだゴムのウエストは生暖かい手のひらの侵入を簡単に許した。
「わ、っ……」
 下着のうえからいきなり急所を掴まれ、思わず短い悲鳴が漏れる。そのままやわやわと優しく揉みしだかれると、今度は鼻にかかった短いうめき声がこぼれた。
「ン、あ」
「硬くなってる」
 三井が愉快そうに囁く。
「そりゃ、なるでしょうよ……」
 仙道が苦笑気味に答えれば、三井はますます愉快そうに喉を震わせて笑った。ふっと目を細め、片頬だけを歪めて作られたその顔が思いがけず男っぽくて、つい気圧されたようにごくりと喉が鳴る。
 普段のセックスでは、基本的に仙道が主導権を握ることが多い。
 それは初回の役割決めの時、男同士のやり方を知っている三井が受け入れる側に回ってくれたからで、仙道は受け入れる側の準備の仕方すら知らないし、三井のほうも仙道に知られることをよしとしていないような雰囲気だった。けれど準備もなしにすぐ挿入できるわけじゃないということだけはなんとなく察していて、だから毎回挿入ありのセックスをするわけではなく、手で互いのものを扱きあうだけで終わる日のほうが多い。その際も、主導権を握るのはたいてい仙道のほうだった。
 仙道は普段あまり目に見えて動揺というのをしないほうで、それはたぶん生来のマイペースな気性によるものだと思うのだが、中学三年生の冬に童貞を捨てたときだって「こんなものか」と拍子抜けしたようにそう思ったきりである。
 けれどいま仙道は、自分が珍しくすこしだけ焦っているということに気がついていた。三井の挑発的な視線に射抜かれながら体をまさぐられていると、体の奥にある芯のようなものがぐらぐらと揺らぐ感覚がある。焦りのようでもあり、不安のようでもあり。得体のしれないものに対する、恐怖、のようでもあり。
「……ね、三井さん。俺、なにすればいい?」
 焦りと不安を誤魔化すように、仙道はへらりと笑いながら尋ねた。三井は仙道の急所をまさぐる手は止めないまま、意味深げに答える。
「なにも。黙って座ってろよ」
「えー……」
「いいから」
 そう言って微笑まれると、仙道はすっかり三井の言いなりだった。手持ち無沙汰に三井の背中へ手を回したまま、じれったい愛撫に身を任せるほかない。
 そのうちに、三井の指先が布越しに仙道の性器をゆっくりと撫ではじめた。シューターの短く整えられた爪では刺激が足りなくて、仙道はむずかるように腰を揺らす。するとその僅かな動きをからかうように、先端をかりかりとくすぐられた。
「……っ、ん」
「おいおい、まだ早いぜ」
「だっ、て……」
 じれったい、と腰を揺らしながらより強い刺激をねだる。三井は余裕たっぷりに微笑んだまま仙道のスウェットパンツの中に潜らせていた手をぎりぎりまで引き抜くと、そのままウエストのゴムへ指をかけ、パンツごとぐいっと下へ引きおろした。
「わ、っ……!」
 充血しはじめていた竿がぼろんと勢いよく飛び出し、勢い余って腹を叩く。
「ははっ、元気いーな」
 三井が無邪気に笑った。仙道のほうはそれどころではない。この先への期待感と、いいように弄ばれていることへの不満と焦燥感。いろいろな感情が綯交ぜになって、もどかしいことこのうえない。
「ちょっと、三井さんってば」
「なんだよ」
「まじで、すげーじれったいんだけど。俺、もう……」
 そう言って身を乗り出した仙道の肩を、三井がぐっと押し返す。あまりに思わせぶりなその態度に、さすがに文句を重ねようと思ったところだった。
「あ、っ……!」
 喉まで出かかっていた文句が引っ込み、腹筋がぎゅっと収縮する。
 三井が突然上体を折って、ぐっと反り返った仙道の太い竿の先端をぱくりと咥え込んだのだ。その拍子に半勃起状態だったものがひと回り質量を増し、三井が驚いたように視線だけで仙道を見上げた。
「あっ、ご、ごめんなさい……」
 混乱状態の仙道が反射的に謝ると、三井はちゅう、と竿の先っぽを吸い上げることで答えに代えた。許されたのか、叱られたのか。それすら分からないまま三井の愛撫に弄ばれる。
 先端をきつく吸い上げられ、そのまま舌先で亀頭の裏のくぼみをぐりぐりといじめられる。かと思えば急に舌を広げてにゅっと奥まで咥え込まれ、そのままゆるゆると頭を前後させて疑似的な挿入のように竿を抜き差しされる。中途半端に正座をしていた足がびくびくと震え、仙道はたまらず足を崩して膝を立てた。その膝のあいだへ三井が蹲るように収まり、じゅぷじゅぷ音を鳴らしながら口淫を続けている。
「三井、さん……。やばっ、気持ち、それ……」
 仙道は熱に浮かされたようにそう呟きながら、無意識のうちに三井の頭へ手を置いていた。柔らかな感触の短い髪を撫でるように梳き、耳をきゅっと摘まむ。すると三井の背中がひくんと控えめに震え、仙道はたまらず興奮にうめいた。
「っ、は。……耳、きもちーの?」
 仙道の竿を咥えたまま、三井がちいさく頷く。酸欠のせいか、あるいは三井もこの行為に興奮しているのか、耳たぶや首筋がうっすらと赤く染まっている。
 なるほど、これはいいものだ。
 そんなちょっとばかり爺臭い感想を心の中でそっと呟き、眼前に広がる光景をじっくりと目に焼き付けた。初体験にして悟ったようなことを言うのもなんだが、この光景まで含めて楽しむのが、きっとフェラチオの醍醐味というやつなのだろう。征服欲というのか、支配欲というのか。試合中、自分のワンプレーで相手の心をへし折り、コートを支配しきった瞬間の高揚にも似た得も言われぬ快感が、いまはベッドのうえに場所を代えて仙道の背筋をぞくぞくと震わせていた。
 三井は両手で捧げ持つように仙道の性器を支え、健気に頭を揺らし続けている。広げた舌で裏筋を丁寧になぞり、時折緩急をつけるように唇をすぼめてきつく吸い付いてきたかと思えば、顔を横に倒し、唾液の滴る竿をアイスキャンディのように舐めあげてみせたり。文字通り、奉仕、と形容してよいようなその健気さに、きゅうっと下腹のあたりが苦しくなる。
 ほんの数分前まで、ただの年上の友人の顔で一緒にカップ麺を啜っていた相手だ。人の家の麦茶に文句をつけて、ベッドをソファ代わりにくつろいで。年上の、ちょっと横暴な、他校の友人。近いようで遠い、でも時々セックスはする、そんな関係の相手である。
 そんな相手――三井が、いまは仙道の股座に顔を埋め、健気に性器をしゃぶっている。そう考えるとますます興奮してきて、仙道は息を荒くしながら三井の小振りな頭を乱暴に撫でた。
 そのまましばらく目の前の光景と愛撫を堪能していると、三井も次第にに疲れてきたのか、抜き差しのペースがわずかに落ちはじめた。その代わりに左手はゆるゆるとやさしく睾丸を揉み、右手は竿の根元を扱いている。
「疲れた?」
 仙道が尋ねると、三井は考えるようにわずかに首を傾げ、小さく首を左右に振った。
「ほんと?」
 口いっぱいに竿を含んだまま、三井がこくこくと小刻みに頷く。そんな一連の仕草がひどく可愛らしくて、またきゅっと下腹が疼いた。じわじわと昂らされ続けた性器もいい加減限界が近い。
「ね、三井さん。俺、そろそろ出したい……」
 だから離して、と、仙道はそう言ったつもりだった。けれど三井は仙道の股座へ顔を埋めたまま離れず、それどころかより一層唇を強くすぼめて頭を前後させだした。
「え、ちょ、ちょっと、ちょっと待って……っ!」
 慌てた仙道が咄嗟に髪を掴んでも、三井はフェラチオを止めようとしない。やばい、だめ、待って。仙道が繰り返しても、三井の動きは激しさを増すばかりだ。ぎゅっと両足の太腿が強張り、下腹がびくびくと痙攣する。三井の髪を掴む手にも力が籠り、だめだ、と分かっているのにこみ上げる射精感をやり過ごすこともできない。
 あっ、と短い悲鳴をあげ、仙道はなす術もなく達した。
「――うげえ」
 ややあって、三井がようやく股座から顔をあげる。仙道は肩で息をしながら、互いの体液にまみれた三井の顔を眺めることしかできなかった。長時間の摩擦に耐えた唇は赤く充血し、三井の唾液と仙道が出した精液でてらてらと光っている。
 顔をあげて胡坐の格好に座りなおした三井は、男らしく手の甲でぐっと唇を拭うと、ちょっと悪戯っぽい顔で笑いながら言った。
「おまえ、溜まってた?」
「……え?」
「苦いっつーか、濃い」
 そんな返答に困る感想と共に、三井がべえ、と舌を出す。唇と同じくらい赤い舌のうえに、べっとりと大量の精液がまとわりついている。
「――いや、え、待って、ごめんなさい!」
 口に出しちゃった、と、仙道は慌ててボックスティッシュのありかを探した。頭の中は半分パニック状態である。こういうのはアダルトビデオが作ったファンタジーであって、現実の女の子が喜ぶやり方ではない。それくらいは高校生の仙道にもわかっていて、けれど相手は女の子ではなく男の子で、そのうえ仕掛けてきたのは相手のほうで。いや俺はちゃんと止めたんだけど三井さんが、と、言い訳じみた思考が頭の中をぐるぐる巡る。
 そんな仙道の様子がよほどおかしかったのか、三井はべえっと汚れた舌を出したまま、器用にんふんふ笑っている。そしておもむろにその舌を口の中へしまうと、ごくん。音を立てて喉を鳴らし、ふたたびべえっと舌を突き出してみせた。
「……ごちそーさま」
 ティッシュを探していた手がぴたりと止まり、それから、唖然となる。
「――えっ、ええっ!?」
 三井さん、飲んじゃったの!?
 大声で叫んだ仙道を、三井が愉快そうに見た。
「おー、飲んじゃったぜ」
「だ……っ、だめだめだめだめ、出して!」
「無理だって。飲んじまったもん」
「うそぉ、だって、そんな……おいしくないでしょう?」
 自分の精液の味なんて、想像すらしたくない。
 仙道が思い切り情けない顔で尋ねると、三井はちょっとばかり苦笑を浮かべ、まあ、と頷く。仙道は慌ててベッドから飛び降り、冷蔵庫の麦茶をグラスへ注いで三井に差し出した。
「これ飲んで。――あ、歯磨きとかします?」
 うがいとか、と情けない顔のままいろいろ言い募る仙道を、三井が苦笑顔のまま見上げる。
「いいって、別に。俺がやりたくてやったんだから」
「でも……」
「でもじゃねえって」
 三井はそう言いながらちょんちょんと仙道のスウェットの裾を引っ張り、ベッドのうえへ戻るよう促した。仙道が渋々ベッドに戻って胡坐をかくと、顔を汚したままの三井がにじり寄ってきて、膝のうえに腰をおろす。口周りにはまだ唾液の跡が残っており、酸欠のせいか目元は赤く充血して潤んでいる。そのいかにも事後といった感じの風情に、不謹慎ながらまた下腹がきゅっと疼いた。
「……俺もしましょうか?」
 罪悪感からそう申し出れば、三井はますます苦笑を深めて首を左右に振った。
「だから、いいって」
「なんで? ――三井さんだって、たまには好き勝手したいでしょ?」
 これもやっぱり、罪悪感、から出た言葉だった。別段、仙道に立場のこだわりはない。覚悟は多少いるだろうけれど、三井が「お前ばかりずるい」というなら――挿入はちょっといますぐには無理だが――普段三井がしているように、相手を立て、したいようにさせてやるくらいやぶさかではない。
 けれど三井は相変わらずの苦笑を浮かべたまま首を振って、仙道の鼻筋に触れるだけのキスを落とした。
「俺もそう思ったから、今日はこっちから仕掛けてみたんだけど……」
「けど?」
「お前、途中さ、俺の髪、けっこう強く引っ張ったろ?」
 そう言われて、はっとなる。仙道もはじめはただ翻弄されるばかりだったものの、確かに途中からはかなり興が乗ってきてあちこち触りまくり、最後には制止のためとはいえ思い切り三井の髪を鷲掴みにしてしまった記憶がある。
 咄嗟に謝ろうとした仙道の唇を、三井の指がそっと押しとどめた。
「いや、べつに怒ってるとかじゃねーから」
 むしろ、と三井が続ける。
「なんか、興奮した、っつーか……うん。よかったから、俺も」
 仙道は思わず呆気にとられ、ぽかんと口を開けたまま三井を見た。目元はまだ湯上りのように充血していて、照れ臭いのか、あるいは、まだ先ほどの行為の余韻が抜けきっていないのか。後者なのだとすれば、よかった、という言葉に嘘はないと思っていいだろう。
「ほ、ほんとに……?」
「うん」
「痛くなかった?」
「痛くなくはなかったけど……それがいいっつーか、うん」
「え?」
 なんじゃそりゃ、と仙道はぱちくり目を瞬いた。
「なんかさ、お前って普段アホみてーにぼーっとしてっけど、試合中とか、スイッチ入るとちょっと別人みてーになるじゃん」
「……まあ、はい」
 なんだか思い切りよく馬鹿にされたような気はしたけれど、仙道は黙って話の続きを待った。悲しいかな、反論の材料もない。
「でも実際試合となると、俺とお前のマッチアップって、まずねーだろ。だからさ……」
 あの目、と三井が続ける。仙道は無意識のうちに膝のうえにある体を抱き寄せ、逃がすまいとするように腕の中へしまいこんでいた。
「いっぺん俺も、引き出してみたかったっつーか。お前の本気、一対一で見てみたかった。……ただそんだけで、べつに、元々本気で好き勝手やってやるつもりはなかったっつーか、さ」
 仙道の腕の中、顔を肩口に押し付けた三井がもごもごと言う。それでのっけからあんなに挑発的だったのかと、仙道はようやく納得のゆく答えが得られて、ひとつほっと心をなで下ろした。
「ああ、よかった。三井さんもたまには突っ込みてーのかなとか、普段の俺に不満でもあんのかなとか、ちょっといろいろ考えちゃいましたよ……」
「強いて言うなら、お前が思ってたよりやさしーのが不満、かな?」
「えー、理不尽……」
「お前こそ、もうちょい好き勝手していーんだぜ」
「……じゃあ次は顔にかけちゃおっかな」
「調子乗んな」
「いへっ」
 かぷっと軽く唇に噛みつかれ、仙道は間抜けな悲鳴をあげた。スイッチの入っていない仙道は、三井の言った通りぼーっとしていて、顧問や先輩はもちろん、同級生にすら叱られてばかりで、不意打ちのキスに間抜けな悲鳴をあげるような男だ。
「いへってなに」
 三井がけらけらと笑いながら言った。
「いてっ、って言おうと思ったんです」
「言えてなかった」
「だって三井さんが噛むから」
「ははは、かわいーの」
「……かわいー俺は嫌いですか? いっつもスイッチ入ってるほうがいい?」
 多分、これはちょっと面倒くさい質問だ。そう思ったけれど、聞かずにはいられなかった。案の定三井は面倒くさそうに「うーん」と唸っている。
 ややあって、腕の中の三井がもぞもぞと動き出した。抱き締めていた腕の力を緩めてやると、三井は伏せていた顔をあげ、じっと仙道へ向き直る。それからまたしばしの沈黙があって、ひと言。
「……味変?」
「……はあ」
「いや、ほら、定番ばっかじゃなくて、たまには変わった味のモン食いたくなるとき、あんだろ?」
「……俺、カップ麺じゃねーっす」
 仙道はがっくりと肩を落として言った。そんな仙道の肩を叩きながら、三井がけらけらと笑う。
「冗談だって」
「ほんとかなあ……」
「ほんとほんと。俺、普段はあんま冒険しねータイプだから」
「どういうこと?」
「定番のほうが好きってこと」
「……やっぱカップ麺扱いじゃん」
「拗ねんなよ」
 三井は含み笑いでそう言うと、唇でやさしく仙道の頬へ触れた。その唇に唇を寄せ、ゆっくりとキスを深めてゆく。仙道は三井のちょっと無神経なところも好きなので、カップ麺と同等の扱いを受けても意外なほど腹は立たなかった。こういう、良く言えば鷹揚、悪く言えば無頓着なところが「ぼーっとしてる」と言われる所以なのかも知れない。
 だからまあ、時々は意図的にスイッチを入れてみるのも、ありなのだろう。
 三井が仙道の普段見せない一面を引きずり出すことで興奮したように、仙道だって普段横暴で無神経な三井の健気な姿を見て、確かに興奮したのだ。基本的には普段の無神経な三井のほうが面白くて好きなのだけど、だからなんというか、三井の「味変」という表現にも一理あるというか。
 つまり。
「――じゃあこっからは、定番のほうの俺で、いい?」
「言ったろ。定番のほうが好き、って」
 カップ麺だって、定番あってこその味変なわけで。基本的には、ふたりとも「定番」の――普段のお互いが好きだからこそ、こんなに狭いボロ下宿の、もっと狭いシングルベッドのうえで、抱きあっているのである。

2023.06.01