自慢の恋人

 いい男を見せびらかしたいって気持ち、あれ、分からなくもねえな、と最近思う。
 有名大学のミスターコンテスト出場者に粉かけまくるヤツとか、競技を問わずプロ注の有名選手とやたら繋がりたがるヤツとか、俳優とかアイドルと寝たって自慢してるヤツとか、女って怖ええわ、なんて、知ったふうなことを言っていた時期もあった。
 三井とてどちらかというとそういう目で見られる側の男で、三井クン三井クン、と中学時代はずっと、二年のブランクのあいだだって割と、高三の頃はそれなり、大学入ってからはけっこうひっきりなしにお声がかかる。バスケット選手としては恵まれているとは言い難いフレームの細い体格も、女の子に言わせれば、モデルみたいでカッコいい、のだそうだ。
 バスケ関係じゃない友人には「嫌味か」と睨まれるのだが、小洒落たコーヒーショップのテーブルセットはどうにも狭くて脚の置き場に困る。まして、今日の待ち合わせ相手はまだ高校二年生のくせに大学生の三井よりも背が高くて、日本人にしては規格外にデカい体の持ち主だ。それでもこのどこにでもある外資系チェーンのコーヒーショップを選んだのは、三井のささやかな楽しみのためだった。
 噂をすれば、ほら。
 誰に言うでもなく呟いて、店の入口に視線をやった。人の視線が可視化できるなら、きっととんでもないレーザービームの束になってることだろう。ああまで背が高いと、それだけで場の注目を集める。そのうえ無駄な余白など一切無いすっきりとした輪郭に、神様がとくべつ丹念に作り込んだ上等なデザインの顔までついてるものだから、さもありなんだ。
 入店するなり熱烈なレーザービームの束に晒された男は、その熱量にもまったく怯まないどころか、ふふんと気取ってみせることも鬱陶しげに顔を顰めることもせず、ただきょろきょろとそのちいさな頭を巡らせている。洗いざらしのまっすぐな黒髪に、すっきりとした切れ長の目。ちいさいのにツンと高く尖った鼻。むっつりと結ばれた形のいい唇。白のTシャツにジーンズをあわせただけのラフな出で立ちが、かえってその素材の美しさを際立たせている。どこに出しても恥ずかしくない男前。嫉妬するのも馬鹿らしいくらいの男前。そんじょそこらのイケメンじゃ、はなっから勝負にならないレベルの男前だ。
「――流川」
 満を持してその男前の名を呼ぶと、今度は店中の視線が三井へ集まった。すっきりとした切れ長の目から放たれる真っ直ぐな視線と、有象無象のレーザービームの束。うっかりニヤけそうになる頬を引き締め、ひらひらと右手を振る。
「センパイ」
 と、形のいい唇が呟く。びっくりするほど長い脚がぐんと歩調を早め、脇目も振らずに三井のいるテーブルへ近づいてきた。よく訓練された犬みたいだと思う。芸はあいにくバスケットしか出来ない馬鹿犬なのだが、来い、だけは餌がなくても上手にしてみせる。
「遅刻」
 口角を上げて一言。
「……スンマセン」
 よく訓練された馬鹿犬――流川楓が、そのちいさな頭をひょこっと下げた。表情がまったくすまなそうじゃないから、頭を下げているわりにずいぶんとふてぶてしく見える。
「おまえ、飲みもんは?」
「……メニューどれ」
「馬鹿。入口のレジで頼んでからくんだよ」
 今日日この注文システムを知らない若者などいないだろうに、流川はそう言われてなお「へえ」とだけ返して狭苦しい一人がけのソファへ収まろうとしている。その姿に呆れ混じりの苦笑を向けて、収まりの悪い長い脚を軽く蹴った。
「ほら、行くぞ」
 見かけによらず逞しい腕を掴んで一緒に立ちあがると、きゃっ、と控えめな悲鳴が遠くに聞こえた。ヤバーいとかスゴーいとか、そんな声も聞こえる。それらのざわめきを意図的に無視して、流川の筋肉質な肩へ寄りかかるように右腕を置いた。
「アイスとホット、どっち?」
「アイス」
 あっそ、とカウンターへ向かう。大学生だろうアルバイトの女の子が、あきらかにのぼせあがった顔で二人を見た。アイスのカフェラテをひとつ頼むと、カスタムがどうとかサイドメニューがどうとか、しきりに尋ねられる。カラーコンタクトだろうか、不自然に大きな茶色い瞳が、三井と流川を交互に忙しなく見た。
「俺、席で待ってっから」
 カスタムもサイドメニューも丁重に断り、千円札と流川だけを残して席へ戻る。店内の視線が分散した。比率としては、やはり流川のほうに分がありそうだ。
 昔の三井なら、それを悔しがっただろう。
 けれどいまは違う。
 テーブルに頬杖をつき、カフェラテを携えて戻った流川を出迎えた。
「まあ、飲めよ」
「ウス」
「なんか見たいもんある?」
「靴下。きのう穴空けた」
「部活用か? 色気のねえヤツ。私服とか買わねえの」
「店にサイズねーんで」
 それもそうか、と苦笑して会話を止めると、流川は無表情のままはしはしと目を瞬いて三井を見た。それがまるきり主人の指示を待つ犬の仕草で、ちょっと可笑しい。
 けれど、この少年がただの美しい愛玩犬ではないことも知っている。
 飼い犬に手を噛まれるなんてことわざがあるが、腕とか肩とか、首とか、腰とか、ふとももとか、もうとっくにいろいろなところを噛まれていた。意外にも、手を噛まれたことはない。
「せっかく、なんか見繕ってやろうと思ってたのにな」
「みつくろうって?」
「服、選んでやろーかと思って。お前いっつもその恰好じゃん」
「楽だし」
「あっそ」
 もったいねーの、と三井が笑うと、流川は「なにが」と怪訝そうに眉をひそめて首を傾げた。
「いいもん持ってたら、見せびらかしてーって思うだろ、フツー」
「……べつに、思わねー」
「へーへー、さすが流川楓様ですこと」
「そうじゃなくて」
 流川はむっとしたように言うと、その黒い瞳をじっと据わらせて三井を睨んだ。同時にテーブルの下でなにかがうごめき、三井の膝に生温かいものが触れる。――流川の手だ。
 思わずテーブルのうえで指を跳ねさせ、目の前の不躾な男を睨み返す。けれど、流川はすこしも怯む気配をみせなかった。
「俺は、アンタのこと誰にも見せたくねー」
「――は?」
「見せびらかしたくねーから、ここももう出たい」
 じっと視線を合わせたまま告げられたその言葉に、開いた口が塞がらなくなる。
「会うのも、外じゃなくていい。……センパイのウチとか」
 そっちのほうが、いい。
「……あっそ」
 やっとそれだけ言って、床へ視線を逸らした。頬杖をついた手で口元を覆い、反対側の手で膝のうえの手を握り返す。手の中で驚いたように震えた指先が、嬉しそうに三井のそれを握り返した。
「ねー、はやく帰ろ」
「……おー」
「はやく」
「わかったっつの!」
 狭苦しいテーブルセットの下で膝を突きつわせ、指を絡ませ合いながらそんな問答を繰り返す。流川にもし本物の犬のような尻尾が生えていたならば、きっと今頃、ちぎれんばかりに振りたくられていることだろう。

2020.10.07