ワンライお題『倍返し』
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「なあ流川」
と、間延びした低い声が言う。けれど流川は振り返らずに着替えを続けた。ただでさえ寝ている間に押しつけられた委員会活動のせいで部活に三十分も遅刻しているのだ、気紛れな年上の恋人に付き合っている暇などこれっぽっちもない。
「おーい」
しかし気紛れな恋人――三井は、そんな流川のそっけない態度にめげるようすもなく、また間延びした声で言った。
「……なんすか」
「なんすかじゃねーよ。先輩が話しかけてんだから、目ェ見て聞くのが道理だろ」
三井の説教じみた文句を「はあ」と聞き流し、脱いだ学ランをロッカーに突っ込む。
「……テメー、マジで聞く気ねぇな?」
三井が唸るように言った。それも「まあ」と聞き流して、そそくさと身支度を整える。
すると、剣呑な気配を漂わせた三井がひたりと流川の真後ろに立った。
「るーかーわー」
「だから、なんすか」
三井の手が流川の肩をがっしりと掴む。その手を振り払おうと、眉をしかめて振り返ろうとした、その瞬間だった。
「――おっ、ひっかかった」
ようは、古典的ないたずらである。
肩を叩いた手の人差し指だけぴんと立て、振り返った相手の頬をぶすりとやる、あれだ。そんな古典的で子供じみたいたずらをこの最上級生は喜々としてやり、後輩である流川はまんまとひっかかった。
「……先輩」
「あんだよ、変な顔して」
「してねー」
「してるって。鏡見せてやろーか?」
三井は「ぷぷ」とわざとらしく声に出して笑いをこらえてみせ、そのまま人差し指で流川の頬をふにふにとつついた。そして「お前、まだヒゲ生えてねーのな」と、余計なことまで言う。
流川はぷつんとなにかが切れる音を聞いた。
「――うわっ!?」
肩に置かれた手を力任せに掴み、その勢いのままふたりの体をぐるりと入れ替える。三井の背後には流川のロッカーがあり、逃げ場はどこにもない。
「……先輩」
「な、なんだよ」
「仕返し」
「はあ!?」
ぎょっとした顔で声を裏返した三井の唇を、前触れもなく強引にふさぐ。そのまま舌で歯列を割り、よく回る柔らかい舌を自分の咥内まで引きずり出した。
「ん……っ!」
ロッカーと流川に挟まれた三井の体が、突然の狼藉にびくんと震える。それに気をよくしながら、じゅう、と音を立ててふたりぶんの唾液を味わった。三井の手が「降参」とばかりに流川の胸板を叩く。その求めに応じて渋々唇を離すと、三井はさっそく眉を釣り上げて流川を怒鳴りつけた。
「てめ、いきなり盛りやがって……っ! 」
「……倍返し」
「ああ!?」
「だから、倍返し」
「……小学校の算数からやり直せ、この馬鹿」
真っ赤な顔をした三井が、ロッカーにもたれたままずるずると床に沈んでゆく。たかがいたずら、されどいたずら、である。
2020.09.02