※注意※
SM風ではなく、双方同意のうえでSMプレイに興じています
主なプレイ内容……拘束・目隠し・放置・フェラ・飲精・軽い言葉責め・スパンキングなど
過剰な暴力描写や汚物関係の描写はありませんが、途中水戸が三井にスパンキング(お尻叩き)をする描写があるので、苦手な方はご注意ください
きっかけは、確か三井が去年大学の部活のクリスマスコンパで貰ってきた、アダルトビデオの福袋だったと思う。その中の一本が、どうも水戸の興味を惹いたらしいのだ。
ジャンルとしては、おそらくソフトSMに分類されるのだろう。パッケージを飾っていたのは、三井もその名前を知っているほどの人気女優だった。首輪をつけられ鎖に繋がれ、両手首を前で縛られた状態で床に伏せたあられもない姿は男の持つちょっと攻撃的な欲望を巧みに誘っていて、カメラを睨みつける挑発的な上目遣いと、ぎゅっと反らされた背中のラインがじつにセクシーだった。
水戸とは、高校三年の冬、三井の追い出しコンパの帰りに勢いで水戸のアパートへ縺れ込み、その勢いのままうっかりセックスしてしまってから二年間もつかず離れず、けれどお互い好きとも愛しているとも言わず、これってどういう関係なのよ、という摺合せすらしそびれたまま、ただぼんやりと定期的に会ってセックスをしている間柄なのだが、そういう曖昧な関係であることも手伝って、三井も水戸も友人たちには独り身で通している。そのせいで、大学へ進学して交友関係が一気に広がった三井は特に大変だった。クリスマスやなんかのイベント時期には幹事要員としてたいてい真っ先に声がかかるし、合コンの誘いも断れない。
それはこの曖昧な関係性に名前を付けていない以上いたしかたないことではあるし、お互い様という気持ちもある。けれど、それはそれとして漠然とした申し訳なさや後ろめたさはずっとあって、だから多分、水戸がその晩「やってみてえな」となんの気なしに呟いた言葉に「いいよ」と、無責任に返事をしてしまったのだ。
はじめは、その写真のとおりちょっと両手を縛ってみるとか、アイマスクで目隠しをしたまま体を触られるとか、その程度だった。この頃までは三井も、あくまで基本は普通の恋人同士がやるようなお決まりのセックスに軸足を置くことを大前提として、ときおり挟まれるちょっと刺激的な変化球を冗談半分に楽しんでいた。
それが次第に冗談で済まなくなってきたのは、ある日水戸が真剣な顔をして「セーフワード決めない?」と言い出してからだった。セーフワードというのは、いわゆる「嫌よ嫌よも好きのうち」というのと、このプレイはほんとうに嫌だ、苦痛だ、という意思表示を区別するための合言葉のようなものだ。
もちろんそのときの三井にはまったく耳慣れない単語で、決めろと言われても、とおおいに戸惑った。戸惑いながらも水戸の口車に乗せられるがままいくつかの単語を挙げ、セーフワードなるものを決めて、それからはもう、何もかもがあっという間だった。
「――あーあ、三井サン。ダメだよ動いちゃ」
水戸の爪先が服のうえから太腿をなぞるように撫であげ、三井はたったそれだけの刺激にびくんと強く腰を震わせた。
「あっ、ごめ、みと……」
「言っただろ? 喋んのも禁止だって」
聞いてなかった? と水戸が嘲るように笑う。けれどアイマスクで目隠しをされた三井には、彼の冷ややかな声の調子しか分からなかった。もうかれこれ三十分ほどになるだろうか、目隠しどころか首輪と手枷まで着けられて後ろ手に拘束され、服を着たままベッドの横に膝立ちをさせられている状態だ。
一方の水戸は、足を組んでベッドに腰掛けて爪先を遊ばせ、三井の首輪から伸びた細い鎖を指に絡ませながら笑っている。
「すごいね、まだなんにもしてねぇのに」
水戸が言うように、三井はただ水戸の前に跪いているだけだ。そして、水戸はそれを眺めているだけ。ときおり組んだ足の爪先で三井の体を撫でるが、それ以上の接触は一切してこない。
「前、苦しそうだ」
水戸の爪先が、三井の股間を軽く突く。三井のそこは、分厚いデニム生地越しにもわかるほど充血して張り詰めていた。二年のうちに散々使い込まれた後ろの穴も、ひくひくと切なく疼きはじめている。こちらは水戸のアパートを訪れる前にひとりで支度を済ませてあったから、その余韻もあってなおさらたまらなかった。
「だから、顔も下げんなって。何度も言わせんなよ」
水戸の手が三井の顎をさらい、力づくで顔を持ち上げられる。同時に首輪から伸びた鎖を引かれ、不可抗力的に胸を突き出すような格好を取らされた。
「――あ、っ」
反射的に湿った嬌声が漏れてしまい、三井は恐怖に全身を強張らせた。声を出すなという言いつけを破ってしまったからだ。動かず、声もあげず、ただそこにじっとしていろというのが今日の命令だった。
「……三井サンって、ほんと堪え性ねぇよな」
ため息混じりに放たれた言葉に、また全身が恐怖に強張る。けれどじっとしていろ、声も出すなと言われた以上は、ただじっとここへ跪いているほかなかった。謝ることも、媚びることも出来ない。
正直言って、水戸がこの行為になにを求めているのかさえ、三井はいまだよく分からずにいるのだ。
ただじっとしていろという簡単な言いつけさえ満足に守ることが出来ない。そもそも、ただじっとしていることが水戸の目をどう楽しませているのかがちっとも分からないのだ。アダルトビデオに出てくる女優たちのように磨きあげられた柔らかな曲線美を持っている訳ではないし、顔だって悪くはないけれど、ただ眺めているだけで満足と思ってもらえるほど超越的な美貌でもない。
だから、いつなんどきこの関係性を放り出されてもおかしくない現状が、恐ろしい。
下手糞、つまらない、飽きたとある日突然放り出されるのが、恐ろしい。
きっかけこそ勢いではじまった関係ではあるけれど、三井はもうとっくに水戸以外との普通のセックスでは満足出来ない体になってしまっていた。圧倒的な支配者の顔をした水戸に手を縛られ、鎖に繋がれ、冷ややかな言葉でさんざん嬲られたあとに待っている恐ろしいほどの快感が、忘れられないのだ。
三井が暗い視界の中でそんなことを考えているうちに、顎に触れていた手が静かに離れていく。次はなにをされるのかと身構えていると、どうやら水戸は三井からその視線さえも外し、雑誌かなにかを読みはじめたようだった。アイマスクで遮られた真っ暗な世界に、紙が捲られる乾いた音だけが響く。
「――っ、」
水戸、と、反射的に名前を呼びそうになって、慌てて口をつぐんだ。
待ってくれ、ちゃんとするから、まだ我慢できる、頑張れるから。出口を失った言葉たちが、頭の中をぐるぐると巡る。三井はきつく下唇を噛みしめ、どこにいるかも分からない水戸の気配を探してアイマスクの下の目をうろうろと彷徨わせた。けれどそんな些細な動きさえも水戸の機嫌を損ねてしまいそうで恐ろしい。
三井は、決して水戸からふるわれる暴力を恐れているのではない。それについては、事前にきちんと「三井の了承なしにいかなる暴力もふるわない」という取り決めがなされていた。
三井が恐れているのは痛みではない。三井が真実恐ろしいのは、自分では水戸を満足させられないのではということと、彼がいまどんな気持ちでいるのかがまったく分からないことだ。
もしかしたら、すこしも言いつけを守れない自分に心底失望しているのかも知れない。もしかしたら、とっくにこの行為には飽きて、醒めた顔をして退屈そうにしているのかも知れない。もしかしたら、三井の痴態に満足がいかず、他の誰かを重ねてやっと溜飲を下げているのかも知れない。
けれどその支配者然とした醒めた表情を想像するだけで――水戸の、あの底の知れない真っ黒な瞳が、もしかしたらその奥に熱を燻ぶらせながら自分を見ているかも知れないと想像するだけで、三井の背筋を言い様のない感情が駆けのぼるのもまた、真実だった。
醒めきった冷ややかな瞳で三井を見下ろしておきながら、その実はちきれそうなほどに股間を昂ぶらせている水戸の姿を想像する。三井が言いつけを破って声をあげ、目の前の足に身体を擦り寄せ、その昂りを欲しがったときの甘い仕置きを想像する。
「ふ、っ……くっ」
暗闇の中で勝手に暴走する想像が三井の体を余計に昂ぶらせ、腹筋が不随意に痙攣した。ただの普段着でしかないジーンズが、いまや下半身を締めあげるボンテージかなにかのようにさえ感じられる。
「……三井サン、足、動いてる」
水戸の平坦な声が、三井の痴態をつぶさに実況しはじめた。
「顔真っ赤だね。手も……あーあ、あんまり動くから、肌が擦れちゃってる。腰だってずっとやらしく動いてるし、涎まで出てるよ」
はしたねぇの、と鼻で笑う音が、三井のすぐ目と鼻の先から聞こえた。水戸がすぐそこにいる。その事実だけで、餌を目の前にした犬のように興奮した。
「ふーっ、ふっ、う……っ」
「まだダメだよ。待て、できるでしょ?」
その問いに、慌てて何度も何度も頷く。すると水戸の手が顔へ伸びてきて、汗や唾液で濡れた三井の頬をかさつく手のひらで緩やかに撫でた。
「もうちょっとだけ、頑張れる?」
返事を促すように鎖を引かれ、親指で噛みしめた唇を強引に割り開かれる。その指を前歯のあいだへ素直に迎え入れると、耳元に湿った吐息がかかるのを感じた。
「……しょーがねえな。喋っていいよ」
そのひと言を、どれほど待ちわびたことか。
「――っあ、みと、みと……っ」
「なに?」
「おれ、がんばる、がんばる、から……っん」
そう言い募りながら、頬に添えられたままの手のひらへ必死に縋りついた。濡れた頬をなすりつけ、唇を寄せて何度も何度もその名前を呼ぶ。みと、がんばるから、みと、みと、おれ、がまんする、がまんできるから、だから――。
「――泣いてんの?」
ずっと平坦で冷ややかだった水戸の声に、わずかな感情が滲む。けれど恐怖と快感との狭間で混乱した頭ではその感情の色を読めず、咄嗟に頭を振って「ちがう」と答えた。
「違わないよ。濡れてるじゃん、これ」
苦笑混じりの柔らかな声が言う。頬に触れていた手が三井の輪郭をなぞりながら上へ滑り、目元をそっと撫でた。その手を追いかけるように必死で顔を動かし、湿った手のひらに頬を懐かせ、行くな、と全身で訴える。
「大丈夫、大丈夫だから。どこへも行かねーよ」
「でも……」
「でも、なに?」
水戸の手が、三井を落ち着かせるようにゆっくりと頬を撫でた。その穏やかな感触にさえ全身を震わせながら、この場に相応しい正言葉を必死で探す。
「……おれ、まて、できなかった」
そう言いながら、視界を塞ぐアイマスクにじわじわと涙が滲んでいくのを感じていた。
やれ、と言われたことを、やらなければならないことを、きちんとやり遂げることが出来なかった。それがたとえ正気ならばふざけるなと一蹴するような馬鹿げた命令でも、出来ない、と、自分はその程度のこともやり遂げられない人間なのだ、ということを認めるということは、人より余計にプライドが高く完璧主義的なところのある三井にとって、ひどく悔しくて情けなくて、泣くほど打ちのめされるような事態なのだ。
そんな三井の懺悔を聞いた水戸が、ふうっ、と深いため息をつく。その音にびくんと肩を震わせて首を竦めた三井の顔を、水戸の両手がそっと包んだ。
「――ごめん、俺、やり過ぎたね」
その言葉とともに、じっとりと濡れそぼったアイマスクが取り払われる。ぼやけた視界の真ん中に、困ったように眉を下げる水戸の顔が映った。
「ちゃんと我慢できて、偉かったね」
水戸はそう言いながら三井の両手の拘束を外し、擦れて熱を持った皮膚をくすぐるように撫でた。そしておもむろに体を退くと、再びベッドへ腰掛け、今度は両足をおおきく開いたまま三井を見る。
「服、自分で脱げる?」
口調だけは質問の体をとっているが、これは命令だ。三井はほとんど反射的に頷き、長時間の拘束で凝り固まった腕をのろのろと持ちあげてシャツの裾を握った。そのままゆっくりと裾を捲くりあげて頭を抜き、ひと息に上半身をさらけ出す。
「下もね」
水戸がそう言うや否やでベルトを抜き去り、ジーンズのフロントを緩めた。ずっと解放を待ち望んでいたそこはむわりとした湿り気を帯び、充血のあまりずきずきと鈍く痛んでいる。
三井は一度立ち上がってジーンズを脱ぐと、黒のボクサーパンツ一枚の姿で再び水戸の前に両膝をついた。そしてそのままの体制で水戸の足の間までにじりよると、左手でボクサーパンツをずり下げ、右手で水戸の太腿へ触れながら言う。
「服、脱いだ……」
「パンツ残ってっけど……まあいいか」
「水戸、出していいか?」
これ、と三井が指差したのは、水戸の股間の膨らみだった。三井のそれに負けず劣らず充血し、ズボンの前立てを押しあげている。
水戸は自分のそこを見下ろして「バレたか」と苦笑すると、足の間に跪き、期待に全身を震わせながら、けれど健気に水戸の許しを待つ三井のちいさな頭を優しく撫でた。
「――いいよ」
ようやく許しを得た三井が、水戸の股座へすがりつく。震える指先で半ば無理矢理前を緩め、むしり取るようにパンツを引きずり下ろした。三井の鼻先に、しっかりと充血して上を向いた水戸の半身がぼろりと勢いよく飛び出す。
「……なあ、水戸」
「なに?」
「舐めてぇ」
「言い方が違うでしょ。教えたよね?」
調子を取り戻してきたらしい三井のあまりに直截なおねだりに、水戸が再び支配者の顔をして言った。三井の短い前髪を痛まない程度に鷲掴みにし、ぐっと喉を反らせるように引っ張る。繋いだままだった鎖を握り直し、言葉を促すように二度三度きつく引くと、三井は低い声で苦しげに唸りながら、けれど苦痛を上回る快感に蕩けきった顔で「はい」と従順に頷いた。
「……水戸の、コレ、舐めさせてください」
お願いします、と頭を下げる。水戸が「惜しいなあ」と苦笑を漏らした。
「でも、まあ……いいよ」
その言葉を聞くなり、三井の頬が喜びに緩んだ。男らしく吊り上がった眉が八の字に下がり、大人びた顔立ちのわりに大きな瞳がうっとりと垂れる。
「ありがとう、ございます……」
三井はほとんど吐息と変わらないような囁き声でそう言うと、ゆっくりと口を開き、水戸の昂りを咥内へ招き入れた。その拍子に待ち遠しさのあまりたっぷりと溜まっていた唾液が顎を伝って一筋流れ落ちる。
「……っ、そんなに、俺のチンコ食べたかったの?」
水戸が乱れた呼吸を押し殺しながら半笑い気味に言った。普段の三井ならば「うるせえ」と羞恥心に顔を顰めるところだろうが、いまの三井はただ嬉しそうに頷き、うっとりとした表情のまま口を窄ませて水戸の性感を高めることだけを追求している。
「上手だね、っ、三井サン……」
「んう……っ、んっ……」
水戸の指が褒めるように三井の髪を梳けば、三井は嬉しそうに喉奥まで水戸のそれを咥えこみ、いっそう激しく頭を前後させた。じゅぶじゅぶとはしたなく湿った音が部屋中に響き、水戸の呼気も次第に不規則に荒らいでゆく。
「飲めるよね?」
水戸が言い、三井が頷く。出すよ、と短い宣言があったが、言いつけどおり、三井は水戸の股座から顔を離さなかった。水戸の背がきゅっと丸まり、腰が震える。同時に、三井も腹筋と内腿をきつく痙攣させた。水戸が出し終えたそれをずるりと引き抜くと、摩擦で赤みを増した唇から白く濁った体液が滴る。水戸の指がその滴りを掬いあげ、三井の唇へ塗り込めるように擦りつけた。それを合図とするように、三井の尖った喉仏が上下に動く。水戸が促すように顎へ手を添えて顔を持ち上げてやると、三井も従順に水戸の目を見つめながら口を開き、見せつけるように舌を出して白濁の残滓が残る火照った咥内を晒した。
「――あれ、三井サンもイっちゃった?」
水戸がからかうように言うと、三井は恥入ったように俯いて太腿を擦り合わせながら「すみません」とか細い掠れ声で言った。尻のほうだけ半端にずり降ろされたままだったパンツが、前の部分だけ色濃く湿っている。
「あーあ。俺、それはいいって言ってねえよ」
「……はい」
「お仕置き、しないとだね?」
水戸の口端がゆっくりと持ちあがり、優しげなのに有無を言わさぬ迫力のある、圧倒的な支配者の顔になった。三井は鎖を引かれるがまま従順に半立ちの姿勢をとると、水戸が座っていたベッドに両手をついた。
「上、乗って。四つん這いになって、ケツ俺に向けて」
指示に従って重い足を持ち上げ、ベッドのうえに四つん這いになる。水戸は鎖を掴んだまま三井の後ろへ回ると、自身もベッドに膝をついた姿勢で三井の背中へ覆い被さり、目の前の肩甲骨に歯を立てながら言った。
「お仕置きだけどさ。……俺、いっぺん三井サンのお尻、叩いてみたかったんだよなぁ」
その言葉と肩甲骨のかすかな痛みに、ぞくぞくと背中へ快感が走る。尻を叩かれるだなんて、まるで子供の仕置きだ。それも水戸は三井よりふたつも年下の男で、ルール無用の喧嘩となると圧倒的に分が悪いとはいえ、単純な体格や腕力では三井のほうがずっと勝っている。そんな相手に自ら膝をつき、首を繋がれ、情けなく尻を差し出しているのだ。
けれどいまの三井は、そんな惨めなばかりの事実にさえ興奮していた。普段虚勢を張って作り上げている「三井寿」という人格を無責任に投げ出し、すべてを見透かすような底知れない黒い瞳の前で心まで裸になって、ただ彼の言うことを聞くだけの従順な下僕になる。素直になればなっただけ、最後にはご褒美と称した快感が待っている。三井が正しく水戸の要求に応えれば、水戸もその冷ややかな態度の中に隠しきれない興奮と欲望を滲ませ、これは俺のものだと支配者の顔をして、逃すまいときつく抱き締めてくれる。
「は、い。叩いて、ください……俺の、お尻……」
気付けば三井は、太腿を擦り合わせながらうわ言のようにそう口にしていた。
「ほんとにいいの?」
念を押すように水戸が言う。三井は得体の知れない期待感ともどかしさに体を捩りながら、無言でがくがくと頷いた。肩甲骨にあった痛痒さと水戸の気配がふっと遠のき、直後、履いたままだったボクサーパンツを膝まで引き下げられる。
「……いくよ」
水戸がそう言ってから、わずかな間があった。いつ降ってくるかも分からない痛みの予感に全身が強張る。加速度的に心拍数があがり、思わず握りしめたシーツにじわじわと汗が滲んだ。
水戸が身動ぐ気配を背中に感じる。
直後、パァン、と乾いた高い音が響いた。
「――っあ……っ!」
びくんっ、と大袈裟なほど痙攣した三井の体をなだめるように、緩やかな手付きで背中を擦られる。覚悟したほどの痛みはなかった。その安堵感にほっと息をついたところで、再び同じ衝撃がきた。
「あうっ……!」
「痛い?」
その問いに、ゆるゆると首を左右に振った。不思議と痛くはない。ただひりつくような熱さがあるだけだ。
「そっか」
水戸が安堵したように言う。そして、尻を張ったのと同じ手で叩いた箇所を鷲掴むようにきつく揉んだ。
「こっちは慣らしてあるんだよね?」
水戸の親指が穴の周りを押す。三井は従順に頷くと、挿入しやすいように脚を広げ、シーツに肘をついて背中を落とした。そうして自然と突き出すように持ちあがった尻を、水戸の手のひらがまた強かに打つ。
「あ、んっ!」
「きちんと準備できて偉いね」
「ん……」
「ちょっと冷えるよ」
そんな前置きと共に、尻と背中にとろりとした冷たい液体がかかった。おそらくはローションだろうと三井にも分かり、待ちわびた行為への期待に息があがる。
「いくよ」
水戸はそう短く言うと、三井の尻たぶをきつく掴み、ぐっとひと息に腰を進めた。
「――あっ!」
三井が顎をあげて喘ぐ。それを押さえつけるように水戸の体が覆い被さってきて、ローションで濡れた指先が三井の乳首をぎゅっとつねった。
「あぁ、っ、んあっ!」
「ここ触んの忘れてたね。ごめんね」
「あうっ、や、んーっ!」
「ヤじゃないでしょ」
思わず口をついた否定の言葉を咎められ、充血して敏感になった乳首の先端に爪を立てられる。突然襲ってきた新たな快感に、三井の腰ががくがくと跳ねるように震えた。
「や、じゃ、ない……ですっ、いい……きもちい……っ!」
「そうだね、きもちーね」
水戸の満足げな声に、訳もなく涙が滲む。三井は気持ちいい、気持ちいいとうわ言のように繰り返しながら、ふたつの刺激にただびくびくと身悶えた。そのうち水戸の指が胸元を離れ、背中にあった熱がふっと遠ざかってゆく。
「もうちょっとだけ、お仕置きね」
その言葉に身構えるよりはやく尻を叩かれ、ごつごつと奥を突かれた。
「あー……っ!」
「我慢、我慢」
「あっ、あっ、おく、まって、みと……っ!」
三井が声をあげるたび、水戸の手が容赦なく尻を叩く。何度も打たれたそこは痛みや熱さを通り越してびりびりと痺れはじめていた。けれど、水戸の手がわずかに離れるだけでどうしようもない物足りなさがある。
「すげぇ真っ赤だ」
水戸が労るように尻を撫でながら言った。
「よく頑張ったね」
「ん……っ」
「――ご褒美、あげなきゃだね?」
それは、三井がもっとも待ち望んでいた言葉だった。
三井は壊れた玩具のように何度も何度も繰り返し頷くと、媚びるように尻を振って水戸のものをきゅうきゅうと締め付けた。恥もプライドも振捨て、欲しい、と全身で訴える。
「……っ、わかったから、ちょっと待って」
水戸が慌てたように言い、何度か深呼吸を繰り返した。そしておもむろに三井の右足を抱えあげると、どこにそんな力があるのかと思うほど強引に三井の体をひっくり返し、いわゆる正常位の体勢をとる。
「……ご褒美だよ」
ほら、と水戸が笑った。三井は滲んだ視界でその顔を必死に見つめ返すと、うん、と頷きながら両手を伸ばし、水戸の首へと縋りつく。水戸も応えるように三井の体を抱き締め、その顔中に唇を這わせて涙や唾液を丁寧に舐めとっていった。
「よく頑張った、偉いよ三井サン。すっげえよかった、めちゃくちゃ興奮した」
「ほんとに……?」
「ほんとほんと。なんでアンタって変なとこできゅうに卑屈になるわけ?」
「――うー……っ」
水戸の首筋に顔を埋めながら、三井はとうとう本格的に声をあげて泣きだした。そんな三井をあやすように、水戸が再びゆるゆると腰をつかいはしめる。
「ああっ、いい、みとぉ……っ!」
「ご褒美だからね、っ」
「おれ、もういく、いっていい……っ?」
三井が全身を満たす甘い快感に顔を歪めて、ぐずぐずと鼻を啜りながら切れ切れに訴えた。水戸も箍が外れたように腰を打ちつけながら、三井の体をきつく抱き締め、その耳元に湿った吐息を吐き出す。
「俺も、そろそろ……っ」
いく、と水戸がちいさく言ったのと同時に、三井の足がシーツを蹴った。あっ、とひときわ鋭い嬌声があがる。三井の腰がぐんと跳ねあがり、水戸が強引にそれをねじ伏せる。
「あ、あ、あ、あー……っ!」
三井がひきつけを起こしたように全身を強張らせながら腰を突きあげた。吐精を伴わない絶頂に唇を戦慄かせ、だらしなく緩んだ口元から涎を垂らす。水戸はその顔を見るなり食らいつくように三井の唇を塞ぎ、がつんと音がしそうなほど強く腰を打ち付けると、三井の中にすべての精を注ぎ込んだ。
これが、水戸の言う「ご褒美」だ。
解放されなかった三井のものが、そのままゆっくりと硬度を失ってゆく。水戸はその感触を触れあった腹のしたで確かめながらうっとりと笑い、ほとんど気を失っている三井の頭を優しく撫でた。
■
セックスのあとの水戸は、普段の三倍くらい優しくなる。そもそも元から年齢のわりに紳士的で一般的な男の十倍は気が利く男だから、セックスがどうのこうのというより、根本的に他人に尽くすのが好きなのだろう。
「……ほら、三井サン。座って」
ドライヤーを持った水戸が、三井と揃いのスウェット姿でベッドに腰かけ、ドライヤーを片手に三井を手招く。ふたり一緒に入った風呂でも体を洗われ髪を洗われと散々世話を焼かれたのだが、これも水戸の言う「ご褒美」の一環なので、三井も素直に従った。
「眠いの?」
水戸が子供をあやすような声で言う。普段の三井ならきっと食ってかかったのだろうが、いまの三井はまだ先程のセックスの余韻にぼんやりと浸ったまま「うん」と幼い口調で答えると、水戸の足の間に座り、ベッドに背中を預けてしょぼつく目を擦った。
「俺が乾かしたげるね」
「うん」
「三井サンの髪って、ほんと柔けぇよな」
水戸の指が三井の短い髪をすくいあげ、ドライヤーのスイッチを入れる。ごうごうと吹き出す温風の温かさと水戸の丁寧な手櫛に、穏やかな、けれど抗いがたい眠気が襲ってくる。
「……あのね、三井サン。泣くほどヤだったら、ちゃんとヤダって言っていいんだよ」
水戸がぽつんと言った。
「うん」
「放置プレイはあんまり好きじゃない?」
「……べつに。でも、あんま長ェと、ちょっとしんどいかも」
「そっか。お尻叩くのは?」
「意外と大丈夫だった」
三井が言うと、水戸はほっとしたように「よかった」と優しく返した。三井の頭のかたちを確かめるようにゆっくりと頭皮へ指を滑らせていく水戸の丁寧な手付きに、まるで美容室にでも来ているかのような贅沢な気分になる。
「……あ、そうだ。冷凍庫にアイスあるよ」
「食べる」
「チョコ? バニラ?」
「んー……バニラ」
「了解」
水戸がドライヤーのスイッチを切り、三井の頭を名残惜しげに撫でながら立ち上がった。もう乾いてしまったのか、と髪が短いことをほんの少しだけ勿体なく思いながら、キッチンへ向かう後ろ姿を見送る。水戸はすぐにカップアイスとスプーンをひとつずつ持って帰ってきて、今度は三井の隣へ座った。
「はい、あーん」
バニラアイスをひと匙掬い、アイスが乗ったスプーンで、つん、と三井の唇をつつく水戸。さすがにこれは、とその顔を見返す三井。
「ね、三井サン。口開けて?」
水戸が言葉を変え、わずかに命令の気配を滲ませながら言った。これもプレイの一環なのだろうか。だとすれば、従ったほうが無難だ。
三井がおとなしく唇を開くと、水戸は嬉しそうに目を細めて笑い、アイスが乗ったスプーンをそっと三井の舌のうえへ置いた。
「食べていいよ」
その合図を待って、ようやく口を閉じる。咥内の熱で溶け出したアイスが舌のうえへ滴り、疲労困憊した風呂上がりの体にじんわりと染みた。
「もっと欲しい?」
その問いに、スプーンを銜えたまま無言で頷く。水戸はまた嬉しそうにうっとりと笑い、三井の唇からずるりとスプーンを引き抜いた。
そうして、ひと口、またひと口とアイスを口に含まされる。途中、溶けたアイスが三井の顎に一筋垂れたが、三井は手や舌の使い方を忘れてしまったようにただ次のひと口を求めて唇を開いた。水戸も当然のように垂れたそれを指先で拭い取ると、三井の咥内に指を突っ込んで舌に直接塗り込め、また当然のように次のひと口を三井の口元へ運ぶ。
さほどおおきくないカップが底をつく頃には三井の息もすっかり荒くなり、水戸もその顔に隠しようのない欲を滲ませていた。
「……はは。三井サン、興奮した?」
どう言い繕ったところで、男同士ならば一目瞭然だ。三井は無言で頷くと、舌で唇に残った甘さを舐めとりながら潤んだ瞳をじっと水戸に向けた。
「こういうのもいいでしょ。アンタほんと甘やかされんの好きだもんね」
「……うん」
水戸の言うとおり、三井は彼に世話を焼かれるのが殊の外好きなのだった。普段ならば入浴や食事の介助まではさすがに求めないが、これもちょっと変わったセックスの一環、アブノーマルなプレイの一環と思えば話は別だ。
「ねえ。……もっかい、いい?」
水戸が囁く。三井は返事の代わりにベッドへ乗りあげると、スウェットの下をずり下げて膝を開き、犬が上位者に服従の姿勢を示すときのような姿勢をとった。そんな姿を見せつけられた水戸も勢いよくベッドへ乗り、全身で囲うように三井へ覆い被さる。
「終わったら、もっかいシャワーだね」
「マジかよ……」
「大丈夫、また全部やったげるから。ね?」
蕩けそうなほど甘い言葉とともに、キスがいくつも顔へ降ってきた。
「……俺、このままじゃひとりでなんにも出来なくなっちまいそう」
三井がぼんやりとした口調で言う。人間の三大欲求のうち、いまのところ性欲については完全に水戸の手のひらのうえで、今日の様子では遠からず食欲までそうなりそうな予感がひしひしとする。
けれど水戸は「いいじゃん」と笑うと、三井の薄い腹を撫で回しながら言った。
「そしたら、俺が一生面倒見てあげるよ」
「はは、なんだよそれ」
プロポーズ?
と、そう言っておどけて見せた三井に、水戸も笑って「そうだって言ったら?」と肩を竦めた。
「……え、マジで?」
「マジだけど」
「……嘘ぉ」
手際よく裸に剥かれながら呆然とする三井と、剥き終わったスウェットを丁寧に畳む水戸。ふたりの間に、しばしの沈黙が落ちる。
その沈黙を破ったのは、三井だった。
「……ふ、ふつつかものですが」
「ぶっ」
なんだよそれ、と水戸が声をあげて笑う。三井は唇を尖らせ「だってよぉ」と拗ねたように続けた。
「プロポーズの返事っつったらこれだろ?」
「あーおかしい」
「萎えた?」
「いーや、全然」
その言葉通り、水戸の半身はすっかり臨戦態勢だ。もちろん、三井もである。
「……あー、なんかさ、俺たちっていっつも色々すっ飛ばしすぎじゃねえ?」
「多分だけど、三井サンが鈍すぎんだと思うよ」
「はあ?」
「いやあ、こんだけ順調に外堀埋めさせてくれる人もなかなかいねぇよ、フツー」
三井は、身に覚えがない、と思い切り顔に書いたきり固まってしまった。順調に、というと、水戸のほうは長期に渡ってコツコツと計画的に三井との関係を変化させていたということになる。
つまり、なんだ。
曖昧な関係と思っていたのは三井ばかりで、水戸のほうは、はじめっからそういうつもりだったわけだ。
そう思い至るなり困惑と羞恥に顔を真っ赤に染めた三井を、水戸が笑いを噛み殺しながら抱き寄せる。
「今年のクリスマスは、恋人いるんで、ってちゃんと帰ってきてよ」
「……おー」
「もしくは、ご主人様でもいいけど」
「……はい」
これほど周到でえげつない外堀の埋め方もそうそうあったものではないが、ともあれ、今年のクリスマスは寂しい独り身連中とも晴れて袂を分かち、ご主人様改め恋人との身も凍るほど刺激的な夜を過ごせそうである。
2020.12.15