また明日/流三

※高校生、くっついてない二人

 病院の帰り道だった。
 どこが悪いということもなく、単なる定期検診の帰りである。膝を痛めて手術をし、リハビリを投げ出して二年。それから急に激しい運動を再開したものだから、再発の不安は常に頭の片隅にあった。インターハイ前に一度完治のお墨付きはもらったものの、体調や天気の具合によっては時折思い出したようにちくちくと痛むこともある。それで、いまも定期的に病院へかかっているのだ。
 その帰り道で、流川とばったり出くわした。
「――よう」
 三井のほうからひょいと手を上げて声をかけると、流川はしばらく無言でじっと三井を見つめたあと、いつも以上の仏頂面で「うす」とそのちいさな頭を下げた。
「いま帰りか?」
 部活帰りにしては遅いなと思って尋ねると、流川は大股で三井の前まで歩いてきてから頷いた。
「……バッシュ、傷んでたんで」
「ああ、寄り道か」
「なんで今日、部活こなかったんすか」
 拗ねたような口調で告げられたその問いに「はあ?」と首を捻る。
「宮城に聞いてねーの? 病院だよ、病院」
「――病院?」
 流川が彼らしからぬ大声をあげた。
「どっかいてーんすか」
「まさか」
 縁起でもねーこと言うんじゃねえよ、と三井は笑って首を振ったが、流川はぐっと眉間に皺を寄せて押し黙っている。今度は三井のほうから歩み寄って肩を叩き、再び笑った。
「ただの定期検診だよ。どこも異常なし、至って健康だってさ」
 三井の言葉に、流川の肩がふっとさがる。
「……そっすか」
 表情こそ仏頂面のままだが、流川なりに三井の身を案じてくれたらしい。その事実がやけに照れ臭くて、三井は照れ隠しにもう一度流川の肩を強く叩いた。
「そーだよ。明日っからはちゃんと練習出るし、ウィンターカップも当然、出る」
 半ば自分へ言い聞かせるように言う。すると流川も「とーぜん」と繰り返し、それから突然三井の左腕を掴むと、決然と続けた。
「送ってく」
「――はあ?」
 呆気に取られて素っ頓狂な声をあげた三井を、流川の厳しい視線が射抜く。
「家、どこっすか」
 そう尋ねながら答えも聞かずさっさと歩きだした流川に引きずられ、三井もたたらを踏みながら後に続いた。
「逆逆、逆だ。俺んち、逆方向」
 三井が咄嗟にそれだけ言うと、流川はぴたりと歩みを止め、厳しい目つきのままでじっと三井を見つめてくる。
 なんだコイツ、なにがしたいんだ。
 そんな解せない気分を抱え、三井も睨むように流川を睨み返す。すると流川は急に俯き、ちいさな声でぼそぼそと言った。
「……チャリ、あればよかったんすけど」
「あ?」
 三井が聞き返すと、流川の視線がぷいと明後日のほうを向く。
「別に。なんでもねー」
「なんでもなくはねーだろ」
「なんでもねー」
 生意気な口調でそう返した流川の、白い首筋が赤く火照っている。耳元と目元もだ。それを見つけた三井は、おや、と両目をぱちくり瞬かせた。
「……なあ」
「……なんすか」
 三井の呼びかけに律儀に答えた流川はやはり生意気で、声もなんだか不機嫌そうだ。けれど三井は、自分でも不思議なほどそれを不快に思わなかった。
「俺んち……っつーか、駅」
 三井が「あっち」と通りを指差しながら言うと、今度は流川のほうがぱちくりと目を瞬かせる。長い睫毛が勢いよく上下するので、ばしばしと音が立ちそうなくらいだった。
 ややあって、三井のやや前方で立ち止まっていた流川が、とことこと歩み寄ってくる。
「……荷物、持つっす」
「おー」
 三井はその申し出に素直に頷き、肩にかけていたスクールバッグを流川へ渡した。部活を休んだので、中にはわずかなテキストと筆記用具に、空の弁当箱くらいしか入っていない。ゆえにさしたる重みも感じないのだが、受け取った流川がじつに満足そうに頷くものだから、三井もなんとなくよいことをしたような気分になった。
 そして、荷物持ちの流川に腕を引かれるまま最寄り駅へ歩くこと十分。
 改札口の前で荷物を受け取り、じゃあな、と手をあげる。流川は「うす」と満足気な仏頂面で頷き、明日、と聞こえるか聞こえないか、ごくごくちいさな声でぽつりと言った。
「おー、明日な。明日は久々に補習もねーから、頭っから出れるはずだぜ」
 三井の返答に、流川がまた満足気に頷く。
「うす」
「じゃあな」
 振り向きざまに片手をあげた三井へ、流川がひょこりと頭を下げた。人一倍おおきな図体を持つ流川は、例え頭を下げたとてなお人混みから頭一つ図抜けている。その姿がなんだかやけにおかしく思え、三井が声を殺して肩を震わせていると、いつの間にか顔をあげていた流川が不思議そうに目を瞬いていた。その顔に「なんでもねーよ」と笑いかけて、もう一度片手を振る。
「じゃあな」
「うす」
「明日、部活で」
「……うす」
 明日。流川がちいさな声でぽつりと言った。今度はその声を背中で聞きながら、三井はのんびりとホームへ向かう。明日、なあ。心なしか弾んだ声でそう呟きながら。

2023.09.13

9月 13, 2023