HIPHOP退屈男/流三

※付き合いたての高校生
※タイトルにも内容にもあまり意味なし

「お前んちってさあ」
 先程からずっと床に寝転がって音楽を聴きながら雑誌を読んでいた三井だったが、不意にヘッドフォンをずらすと、同じように床のうえで雑誌を読んでいた流川を見上げて言った。
「なんでこんな厳ついCDしかねえの」
「いかつい……っすか」
 中学時代に小遣いとお年玉を貯めて買ったミニコンポの横には、同じく小遣いを貯めて買った洋楽のCDが小山を作っている。三井はその一枚を手に取ると、ジャケット写真をしげしげと眺めながら言った。
「なんか、どいつもこいつもやたら強そうじゃん」
「はあ」
 強そうとは。そう思いながらも、反論はしなかった。三井が手に取ったアルバムがまさにいかにも「強そう」な感じのギャングスタラップだったために、反論の余地がなかったのもある。
「ミスチルとかねーの」
「ねーっす」
「日本の曲は聞かねーわけ?」
「まあ、あんまり」
「ふうん」
 おざなりに頷いた三井は、同じように何枚かのCDを手に取っては眺め、その合間に流川の私室をぐるりと見渡して「つーかさ」と続けた。
「お前って私服とかもこんな感じなの?」
「こんな感じ……?」
「ラッパー風ってーの? ストリート系?」
「いや、ちげーっすけど」
「ふうん。……つか俺、お前の私服見たことねえのか。今更だけど」
 そう言われてみると、三井と会うときはたいてい制服か、バスケ用のスポーツウエア姿である。今日も今日とて休日の自主練終わりに三井を自宅へ招いたので――三井を自宅へ招くのは、今日が二回目だ――ふたりともいつものスポーツウエア姿だった。色やメーカーは違えど、速乾素材のTシャツに、膝丈のバスパン。第二の制服のような格好である。
「俺も、見たことねーっす。先輩の私服」
「そうだっけ」
「どんな感じ?」
「どんな感じって……」
 三井が首を捻りながら答えた。
「べつにフツーだよ、フツー」
「俺もフツーっすよ」
「ほんとかあ?」
「ほんとっす」
 怪訝そうにしている三井へ、念を押すように頷き返す。普段ならばここからもう一、二往復くらいはからかわれたり弄られたりするものだが、今日の三井は珍しく素直に納得したようだ。すこし眠たげな目を再び手元のCDへ落とし、欠伸交じりにひと言。
「ふうん。――まあ、その顔ならなに着ても似合うだろうしな」
「え」
「そういや普段の練習んときもけっこー小洒落たもん着てるよな、お前」
「……そ、っすかね」
 思いがけない誉め言葉にぎこちなく応えた流川を、三井が不思議そうに見上げた。
「なんだよ」
「いや、べつに」
「べつにって顔か? それ」
 含み笑いでそう指摘され、流川は咄嗟に自分の頬をぺたぺたと触った。その姿を見た三井は、おかしそうに肩を震わせている。
「どうしたよ、マジで。褒められんのなんか慣れっこだろ」
「や、そーでもねー、っす」
「そうかあ?」
「……少なくとも、アンタに褒められた記憶はねー」
「……そうかあ?」
 三井は記憶を辿るように天井を見上げ、首を捻っている。しかし急に何かを思い立った様子で体を起こすと、首にかけていたヘッドフォンを外しながら言った。
「出かけるか」
「いまから?」
「おう」
「なんで」
 突然の展開についてゆけず戸惑っている流川に向かって、三井がにやりと笑った。
「デート。お前の私服、見てーじゃん」
「……デート」
「おう」
 デート。
「……デート」
 驚きと喜びで完全に思考が停止してしまったようだ。流川は、躾を間違えたオウムのように同じ単語ばかりを繰り返した。デート。先輩とデート。
「嫌か?」
 三井がそう尋ねてくるのを、ぶんぶんと首を左右に振って否定する。
「行く」
 流川は読みかけの雑誌を床へ放り出すと、慌ただしく立ちあがって備え付けのクローゼットを開いた。そんな流川の肩越しに、三井がひょっこりと顔を覗かせる。
「おー、確かにフツーだな。意外と」
「意外って」
「いい意味でさ。お前、興味あるもんとねーもん、めちゃくちゃはっきりしてんだろ」
「……まあ」
「お前にも案外フツーっぽいとこあんだなって思うと安心するよ、俺は」
 不意に真剣なトーンで告げられたその言葉に、流川はたまらず後ろを振り返った。そして、どこか微笑ましげに笑んでいた三井の唇を勢いのままに塞ぐ。
「――キスも、けっこーフツーだったわ」
 突然唇を奪われた三井は、けれど余裕たっぷりに肩を竦めて言った。
「……うるせー」
「そういう単純なとこもガキっぽくていいな」
「だから」
「うるせーって? はいはい、ゴメンゴメン」
 丸っきり子供扱いされながらぽんぽんと頭を叩かれ、流川はむっとしながら三井を睨みつけた。けれど三井のほうはもうすっかり興味をクローゼットの中へ移していて、ご機嫌斜めなおおきい子供のことなど眼中にないようだ。
「――あ、これいいな。どこのやつ?」
「……ナイキっす。フツーに」
「だから、ゴメンって。根に持つなよ」
 明らかに気のない謝罪へ無言で舌打ちを返した流川だったが、結局は三井が「いいな」と褒めた服を手に取ってしまったあたり、まさしく単純である。
「……つーか、先輩はどうするんすか」
 クローゼットの前でさっそく着替えながら尋ねると、三井はきょとんとした顔で「なにが」と首を傾げた。
「服。デートなんでしょ」
「こだわるよなあ、お前」
「デート」
「あー、はいはい」
「……デート」
「分かった分かった。途中で俺んち寄るから、それでいいだろ」
 その返答に、単純な流川はあっという間に機嫌を直した。先輩んち、とぶつぶつ呟きながら猛スピードで着替えを終え、どうだとばかりに三井の前へ立つ。三井もどこか満足げな顔で、腕組みをしながらうんうんと頷いている。
「おー、やっぱいいな」
「……そっすか」
「フツーに洒落てんじゃん。ぜってーしこたま声かけられんぜ、女に」
「どーでもいいっす、それは」
「なに着っかなあ、俺」
「……はやく」
 着替えで乱れた髪をそわそわと直しながら、のんびり腕組みをしている三井のことを突っつく。三井はくすぐったそうに笑いながら体を捩り「はいはい」とまたぐずる子供の機嫌でも取るように言った。
「はやく」
「はいはい、分かった分かった」
「はいは一回」
「はいはい。……あ、駅までチャリ頼むな」
「うす」
「どこ行く?」
「どこでもいーっす」

2023.07.31

7月 31, 2023