※出来上がってる大人流三
ベッドからおりるなり後ろから急にTシャツの裾を引かれ、流川は思わずたたらを踏んだ。
「先輩、伸びる」
「んー……」
緩慢な返事とともに、三井の長い腕がばたんと力なくシーツのうえに落ちる。
「カーテン、開けていいっすか」
「うー、んんー……」
「どっちすか」
「うん……」
「開けますよ」
「うーん……」
「だから、どっち」
流川が溜息まじりに尋ねると、三井はうつ伏せの体勢で枕に顔を埋めたまま、ときおりむずかるように頭を振っては苦しげな唸り声をあげた。頑張って起きようとはしているようなのだが、理性に体がついてこないという感じだろうか。
若い頃はとにかく寝汚かった流川だが、長い成長期を終えて十年余り、体も昔ほど睡眠を欲しなくなったのだろう。三十路を迎える今に至ってようやく、人並みに規則正しい早寝早起きの生活リズムを獲得するに至っていた。就寝時間は据え置きのまま、寝起きだけが人並みによくなったものだから、むしろ人並み以上に早寝早起きかもしれないくらいである。
そんな流川とは異なり、三井はどちらかというと宵っ張りの朝寝坊だ。ベッドを共にするようになってからは流川に引っ張られていくらか早寝の習慣がついたようだが、元々あまり寝つきがよいほうではないらしく、昨夜だって同じ時間にベッドへ入ったというのにこの通りだ。
流川はふうっと肩を落として溜息をついてから、ヘッドボードのうえにある腰高窓へ手を伸ばした。そのまま思い切りよく音を立ててカーテンを引くと、外はうんざりするほどの快晴だった。エアコンの効いた室内にいても、思わず「うわ」と眉を顰めてしまうほどの快晴である。
「るー……」
不意に、三井が妙な鳴き声をあげた。
「……なんか言ったすか」
いまだベッドのうえで死んだように伏せている三井を見下ろし、流川は怪訝な顔で首を捻った。なんだろう。よほど眩しかったのだろうか。
「る」
三井が再び鳴いた。今度の鳴き声は、先ほどよりもやや明瞭だった。
「……る?」
「るー」
三井はまた奇妙な鳴き声をあげると、シーツのうえに放り出していた手をわずかに動かす。ちょいちょい、と、まるで流川を呼んでいるような仕草だ。その仕草につられるように中腰になって、枕へ埋められた横顔を覗き込む。
「どしたの」
流川の問いかけにも、返ってくるのは「んー」とか「むー」とかいう、くぐもったうめき声ばかりだ。その間も手はぱたぱたと控えめにシーツを叩いている。手探りで何かを探しているような、そんな仕草にも見えた。流川がほんの好奇心からその手に自らの手を寄り添わせてみると、案の定というべきか、三井の手が「やっと見つけた」とでもいうように流川の手を握りしめる。
「……る、ってまさか、俺のことすか」
いまだ夢現を彷徨っているらしい三井は、返事の代わりに握った流川の手を強く引いた。流川も逆らわずに手を引かれるままベッドへ戻り、いまだふたり分の温もりが残るタオルケットの中へと潜り込む。もしかすると、エアコンが効きすぎて少し寒かったのかもしれない。そう思って三井の体へ腕を回すと、腕の中の三井が満足げに「んー」と唸った。
それからしばらくあって、三井がゆっくりと瞼を持ちあげる。
「――るかわ?」
三井は不思議そうに語尾を掠れさせながら、傍らへ横たわる流川をきょとんと見た。
「はよーございます」
「……あれ、おまえ、先起きてなかったっけ」
「起きたっす」
「飯は?」
「まだ」
「なんで」
寝ぼけ顔のまま怪訝そうにしている三井は、いまだ自分の置かれた状況を把握できていないらしい。流川はこみ上げてくる笑いを噛み殺しながら繋いだ手をそのまま引っ張り出し、三井の顔の前に持ちあげてみせた。
「これ」
「……ん?」
「寒かったんすかね」
流川があえて主語を抜いてそう補足すると、三井もやっと現状を把握したのだろう。眠たげだった両目がぱちりと勢いよく開いた。
「あっ」
「思い出したすか」
「あー……」
三井が枕へ顔を沈め、苦々しげに唸る。枕からはみ出している横顔の様子から察するに、やはり夢現を彷徨いながら、無意識のうちにとった行動だったらしい。
「わすれてくれ……」
枕でミュートされた蚊の鳴くような声に、流川もとうとう耐え切れなくなった。肩を震わせて笑いながら「可愛かったっす」と告げれば、三井は耳の先まで真っ赤に染めて「だから、忘れろって」と苦々しく答える。けれど繋がれた手が振り解かれる気配はなく、流川は頭のなかにある午前中の予定をいくらか修正せねばならなかった。
2023.07.24