「――お、やっとお目覚めかよ」
流川が重い瞼を持ちあげると、聞き覚えのある声が頭上で出し抜けに言った。
「……せんぱい」
湿った睫毛をぱたぱたと上下させながら、寝起きのかすれ声でなんとか応える。声の主は三井だった。
「おう」
「……はよーございます」
「おうよ。相変わらず不用心なやつだな、こんなとこで寝腐って」
「うす」
ストリートコートのど真ん中で大の字に寝そべっている流川と、その顔を覗きこむように立っている三井。流川は日課にしている早朝ランニングを終え、自主練へ移る前に少しばかりの休憩をしているところだった。三井はというと、長袖Tシャツにスウェットパンツというラフな私服姿で、右手にボールを抱えている。
「自主練すか」
流川が寝転がったまま尋ねると、三井は呆れたように「見りゃわかんだろ」と答えた。
「大学、昼からだからよ。暇つぶしにな」
「そっすか」
「お前こそ、朝から気合入ってんな」
「うす」
仁王立ちで見下ろしてくる三井を見上げたまま、言葉少なに頷く。太陽を背に負った三井はなんだかやけにきらきらとして見えて、流川は無言で眉を顰めた。
「……お前さ、久しぶりに会ったセンパイにガン垂れる前になんか言うことねーわけ?」
いつの間にか三井もしかめっ面になって流川を睨んでいる。流川はぱちぱちと目を瞬きながら答えた。
「オヒサシブリデス?」
「おう」
「オゲンキデスカ?」
「ああ」
「……まだなんかあるっすか?」
流川が困惑気味に首を捻ると、三井はとうとうわざとらしいしかめっ面をやめて、ぷっと吹き出すように笑った。
「ねえよ、馬鹿」
「はあ」
「――あ、強いて言うなら俺、今日誕生日なんだけど」
「……オメデトーゴザイマス?」
「なんで疑問形だよ」
「オメデトーゴザイマス」
「久しぶりだな」
「……お久しぶりです」
寝転がったままぴょこっと頭を下げ、今度はそれなりに心を込めてそう返した。三井と顔を合わせるのは約三か月ぶりだ。
身近な人間全員に散々留年を危ぶまれていた三井だったが、無事高校を卒業し、この春からはなんと大学生の身分である。赤点常習犯の流川もなんとか高校二年生になり、少なくない数の新入生を迎え、湘北高校バスケットボールは宮城リョータをキャプテンとした新体制へと移行している。
寝転がったまま起きる気配のない流川にしびれを切らしたのか、三井のほうが「よっこいしょ」と地べたへ腰をおろした。その拍子に、香水だろうか、嗅ぎ慣れない複雑な香りがふわりと鼻先をくすぐって、流川はまた顔をしかめる。
「調子はどうだ?」
「まずまず」
「一年は? 見込みのあるやついるか?」
「まあ、それなりに」
「ふうん。お前がセンパイって、なんかウケるわ」
三井は流れるように失礼なことをのたまうと、ハハ、と大きな口を開けて笑った。白い前歯が眩しい。ほんの一年前はいかにも不良然とした格好で間抜けな顔を晒していたくせに、いまはすっかりどこにでもいる大学生という感じだ。短かった前髪は額を隠すほど伸び、色も心なしか明るくなっている気がする。
「……センパイは」
「あんだよ」
「大学。どうっすか」
流川はしかめっ面のまま尋ね返した。
「まあ、楽しいぜ。設備もいいし」
「……へえ」
「不服そうだな?」
「……べつに」
三井はにやにやと笑っている。気に入らない。流川は突然湧き出した反抗心に任せて勢いよく体を跳ね起こすと、しかめっ面のまま立ちあがって三井の手の中のボールを奪い取った。三井は驚いたように目を瞬いている。
「ワンオン」
「はあ?」
「だから、ワンオンワン。一対一」
「いや、言葉の意味は分かるけどよ……」
「やんの、やんねーの」
どっち、と流川が迫ると、三井も重い腰をあげて立ち上がった。
「わーった、やるやる。やるよ、ったく……」
「高校んときより下手くそになってたら、承知しねえ」
「なんで俺がオメーに承知されなきゃならねーんだ」
「うるせえ」
湘北高校基準でも明らかに失礼な流川の態度に、けれど三井は怒り出す気配もない。それどころかなんともいえない苦笑いを浮かべたまま歩み寄ってくると、流川の寝ぐせ頭を乱暴に撫でた。
「お前さあ、もうちょっと分かりやすく寂しがれよ」
「……ちがう」
「はいはい」
「……ちがうって言ってる」
「わーったよ」
「……勘違いすんな」
「ソウデスネ」
「……だから」
「はいはい」
2023.05.22