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 荷物が届いたのは、翌々日の夜だった。
 通販サイトのロゴが入った段ボール箱を抱え、リビングのソファへ腰をおろす。日用品が詰まったおおきな段ボール箱のうえには別に梱包された薄い箱が乗っていて、こちらが本日のメインイベントである。
「買っ、ちまっ、た……」
 自己嫌悪が八割、期待と興奮が一割ずつ。あああ、と言葉にならない声をあげながら項垂れ、おおきなため息をひとつ。
 三井はそわそわと落ち着かない腰をあげ、一度キッチンへ立ってコーヒーを淹れた。マグカップ片手にリビングへ戻り、クッションを抱えて再びソファへ座りなおす。心を落ち着けるために、まずはコーヒーをひと口。日用品の段ボールはひとまず床へ放ったまま、薄い箱のほうだけをそっとテーブルへ置く。
 三井は思わずごくりと喉を鳴らし、もうひと口コーヒーを飲んだ。
「……開けるぞ」
 誰に聞かせるでもなく宣言してマグカップを置き、開封用のミシン目に手をかける。そこから先はひと思いに梱包を解くと、不愛想な段ボール箱の中から半裸の流川がにゅっと顔を出して、三井の心を強かに打ちのめした。
 ――ああ、買っちまった。
 改めて実物を見てしまうと、後悔や自己嫌悪よりも先に、中身への期待と興奮がふつふつと胸の中に沸きあがった。すごい。本物だ。とうとう買っちまった。そんな独り言をぶつぶつ呟きながら、そっとテーブルの上に雑誌を置く。
 三井は興奮を抑えるために三口目のコーヒーで口を湿らせてから、一昨晩食い入るように見つめ続けた表紙を指先でそっと撫で、それからゆっくりとめくった。冒頭の数ページは三井とはまったく無縁のハイファッションや化粧品、美容液なんかの広告が続き、目次があって、ようやく次が目当ての巻頭特集だ。
「……めくるぞ」
 再び誰に聞かせるでもなくそう宣言して、静かにページをめくる。
 『オトコのハダカ特集・流川楓』――表紙に引き続き、細いフォントで大胆に配置された表題と、妙にポエティックな筆致で綴られたリード文。女性誌ってこんな感じなのね、という現実逃避のような感想が頭に浮かぶ。
 オトコのハダカなんかわざわざ特集してどうすんだよ。普段の三井なら、そう言ってけっと一蹴するようなキャッチコピーだ。こんなもんどうせ見せ筋だ見せ筋。きっとそのくらいのケチはつけ「けっ」と吐き捨てたことだろう。
 けれど、これがいわゆる惚れた欲目というやつなのだろうか。
 表題のバックには、下着姿で横たわる流川の姿があった。やけに艶っぽい質感のシーツのうえに片膝を立て、肘を支えに上半身をわずかに起こして、カメラではないどこかをアンニュイに見つめている。
 コンセプトとしては、その視線の先に恋人かそれに準ずるような女性がいる想定なのだろう。大人の恋人同士がちょっといいシティホテルで短時間の逢瀬を楽しんだあと、事後の気怠さを纏ったまま、相手のほうはベッドサイドでさっさと着替えをはじめ、流川はそんな恋人をベッドのうえからぼんやりと眺めている――言うなれば、そんな感じだ。全体的に写真の明度が低いせいか筋肉の陰影がやけに強調されており、下に敷かれている布の質感や流川の肌の白さと相まって、遠い昔に美術の教科書で見たギリシャ彫刻かなにかのようにも見える。
「う、わー……」
 三井は思わず口元を覆って頬を赤らめた。
 顔がいい。
 めちゃくちゃ顔がいい。
 三井には、もはやそれしか言えなかった。そんなことは重々承知の上で付き合っているつもりだったが、改めて、とんでもなく顔がいい男なのだ、流川楓というのは。
「ちょ、マジ、ええ……?」
 混乱のあまり、こぼれ出る感想からはどんどん知性が失われてゆく。興奮に震える指先でページをめくると、さらに刺激的なショットが現れ、愕然とした。
「うわっ、ちょっ、えっ、待て待て待て待て……」
 誰に何を待ってほしいのか三井自身よく分からないが、今度はバックショットだ。壁に片手を付き、もう片方の手で濡れた髪をかきあげながらシャワーを浴びている後ろ姿。セミヌードって言ってたじゃねーか、とあやうく叫びかけたが、男の大事な部分だけは間違っても写り込まないよう、じつに巧みなアングルで撮影されているのがプロの技というか、なんというか。
 大胆に晒された広い背中には、シャワーの水流が幾筋も流れている。小振りな頭部とは対照的な太く男らしい首筋に、しっかりと盛り上がった僧帽筋。ウエストがくびれて見えるほど分厚い広背筋と、背骨に向かって深い谷をつくる脊柱起立筋。性的なものを抜きにしても、同じ男として憧れずにはいられないような美しい背中だ。さらにそこからきゅっと引き締まった臀部とハムストリングスが続き、日々の運動で鍛え上げられた大殿筋の下には深い影が落ちくぼんでいる。
 三井はつい惚れ惚れとその背中を眺めながら、ふと湧いた疑問に首を傾げた。
(あれ、俺こいつと風呂入ったことあったっけな……)
 考えてみれば、流川がシャワーを浴びている姿を見る機会などそうそうない。チームのシャワーブースには当然仕切りがあるし、恋人として互いの家に泊まりあう時だって、わざわざ一緒に入浴はしない。賃貸住宅のさして広くもないバスルームに、二メートル近い長身かつ筋肉質な成人男性がふたり。想像しただけでもげんなりするほど窮屈なので、そもそも一緒に入ろうなどという発想自体がなかったのだ。
 しかしそうやって三井がうかうかしているうちに、流川のシャワーシーンが全世界へ公開されてしまったわけである。
「エロ本じゃねえかっ、こんなの……っ!」
 三井は思わずわなわなと唇を震わせながらそう呟いていた。恋人である三井ですらそうお目にかかれないシャワーシーンがたったの数百円で買える雑誌に載っていて、しかもその辺のコンビニや書店で普通に買えてしまうだなんて。反則だ。あんまりだ。世の中どうかしている。どう考えたって成人指定だろこんなの。
 頭の中には次から次へと文句が浮かんでくるが、しかし、ページをめくる手は止まらなかった。次はこれまでと一転して着衣姿だったが、トレーニングウェアらしき薄手のタンクトップは衿ぐりと袖まわりがやけに広く、しかも裾を思い切り引っ張りあげて口元を拭っているものだから、これもほとんど裸と言っても過言ではない。下に履いているトレーニングパンツも骨盤が見えるほどの際どい股上で、ロゴの入ったボクサーパンツのゴムがはみ出して見えるのが妙にセクシーだった。
 その次は同じ格好で実際にバーベルを担いでトレーニング――バーベルスクワットだろうか――をしている姿。その次も同じ格好で、今度は床へ座ってストレッチをしている姿。タオルで汗を拭いながらプロテインか何かを飲んでいる姿。
 どうやらセミヌードの名にふさわしいのははじめの二ページだけだったようで、三井はなんだか肩透かしを食らったような気分になった。なんとなくだが、流川の激しい抵抗のあとが垣間見えるようでもある。よくよく考えれば、あの流川が簡単に他人のいいなりになるわけがなかったのだ。昔に比べれば丸くなったとはいえ、それでもまだ同世代の一般社会人と比べれば十倍も二十倍も尖っている。
 だんだんと肌の露出が減ってくるにつれ、恐慌状態だった三井の心も落ち着きを取り戻しはじめていた。もう一度特集の頭へ戻ってしげしげと恋人のしどけない姿を眺め直し、ポエティックなリード文へ目を通す。いわく『端正な美貌の下に隠された、勝利への飽くなき渇望。気迫あふれるアグレッシブなプレースタイルとは対照的に、普段の彼は辛口なアメリカメディアをして”現代に蘇ったラスト・サムライ”と唸らせたほどストイックで、ミステリアスだ』――あのナチュラルボーン・無愛想をよくもまあここまで美化できるものだ――『普段はスポーツメディア以外の取材をほとんど受けないことで有名な流川選手。そのミステリアスな内面とプライベートに迫る待望のインタビューも掲載』――。
「お、インタビューもあんのか」
 予期せぬ収穫に、独り言の声も弾む。しかし、あくまでもメインはグラビアのようで、インタビューと思しき文章はほんのわずか、開脚ストレッチをしている流川の横に、やけに小さな文字で掲載されているのみだ。
 ――今回の撮影を終えてのご感想は?
 ――疲れました(笑)
 冒頭からこの調子で、三井は思わずぶっと音を立てて吹き出してしまった。絶対に笑ってなどいないし、字面通りの丁寧な口調でもなかっただろう。見慣れた仏頂面をさらに険しくした流川の姿が目に浮かぶようだ。
 ――カラダ作りのモチベーションは?
 ――仕事なんで、モチベーションとかは特に考えたことないですね(苦笑)
 これも多分、苦笑どころの話ではなかったに違いなかった。モチベーション云々の部分は、恐らく記者が勝手に付け足したものだろう。趣味や道楽でトレーニングをしているわけではないのだから、モチベーションもクソもない。三井でさえそう思うのだから、流川相手にこんな質問をしてまともな答えを期待する方が間違っている。
 ――ずっと思っていたんですが、肌がとてもお綺麗ですね。どんなケアを?
 ――特別なことはなにも。バスケは室内競技だから、仕事柄あまり日焼けをしないので、それがいいのかもしれないですね。
 これも、九割五分記者による創作だろう。流川が実際に発言した箇所は恐らく「なにも」のところだけだ。間違いない。
 ――最近はただ痩せているのではなく、しっかりと筋肉のついたヘルシーな美しさを理想とする女性が増えていますが、それについてはどう思われますか?
 ――いいんじゃないでしょうか、べつに。素敵だと思いますよ。
 これも多分「べつに」だけだ。もしかすると「好きにすれば」がカットされているのかも知れない。あるいは「いいんじゃないでしょうか」の前にくっついていた「どうでも」がカットされたのだろうか。
 そうやって頭の中でいちいちツッコミを入れながら、あまりにも流川らしからぬ発言ばかりが躍るインタビューを読み進める。
 しかし三井がせっかく取り戻した平常心を保てたのは、ここまでだった。

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