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 ――今月号は『愛とカラダ』特集と題し、パートナーとのベッドの上でのコミュニケーションについて、読者の皆様から様々な悩みや相談を赤裸々にお寄せいただいています。流川選手は、普段あまりプライベートについて多くを語られない印象ですが?
 その質問を読んだ瞬間、三井は思わず雑誌から距離を取るように仰け反って、それから驚きのあまりごほごほと激しくむせてしまった。表現が迂遠すぎてすぐには理解が追い付かなかったが、要はセックスについての特集ということだろう。なんだそりゃ。とんでもねえな。ひりつく喉を潤すためにすっかり冷めてしまったコーヒーを飲み、深呼吸をする。
 流川の答えはこうだ。
 ――そうですね。
 たったのひと言である。
 そのひと言を読んだ三井の感想も「そうでしょうね」のひと言に尽きた。ほかにどう答えろと言うのか、というか、あの流川がこんな質問を受けてインタビューを中座しなかっただけでも偉い。この質問が出た瞬間に現場の空気がどれほど凍り付いたか、想像するだけで顔が引きつりそうだ。
 続いて。
 ――流川選手にとっての理想のパートナー像などあればお聞かせください。
 この質問には、みぞおちのあたりがきゅっとなった。なんせ三井は、現在進行で流川のパートナーをやっているのである。ここでどんなことが語られるにせよ、普段の自分達と照らし合わせて心当たりを探ってしまうのは自然な心理だ。緊張にごくりと喉を鳴らしながら、あとに続く文章へ目を滑らせる。
 ――特に求めるものはありません。
 ――と、いうと?
 ――なんというか……。相手にこうあってほしいとか、特別に何かをしてほしいとは思わないというか。日々元気でいてくれるだけでいい、という感じですかね。
 ――お互いにありのまま、自然体で付き合える相手がいい、ということでしょうか。
 ――はい。
 三井はそこまで読むと一度顔をあげ、火照った頬を冷ますように両手でぱたぱたと扇いだ。心当たりがあるとかないとかいう以前に、照れ臭くて顔から火が出そうだ。なんかすっごい愛されてないか俺、と、誰へともなくそんな軽口を叩いて茶化したくなるくらい照れ臭い。
 だって「日々元気でいてくれるだけでいい」なんて、まるで一人暮らしの息子を案じる母親のような言い草ではないか。とにかくすくすくと健康に育ってくれたらそれでいい。流川自身、そんな感じですこやかに放牧されて育ったような雰囲気はある。あるいは、定年後の老夫婦なんかが言いそうなことでもあった。なにはともあれ健康第一。末永くお幸せに。いや、まあ、俺だっておんなじこと思ってるけどさ。
 三井は思わず目尻に滲んだ涙を拭いつつ、そのまま雑誌を閉じそうになった。けれど、続きも気になる。くじけそうになる心を奮い立たせるように「次だ次」と独り言ちて、自分の頬を両手で叩いた。再び誌面へ目を落とし、まだまだ続くインタビューを読み進める。
 ――パートナーと喧嘩をされたことは?
 ――もちろんありますよ(笑)これは恋愛に限らずですが、昔から口下手で……。バスケでも人間関係でも、気付いたことはなるべくその場で話し合ってすぐ解決してしまいたいタイプなので。たとえ喧嘩になるとしても、我慢はしたくないですね。
 ――なるほど。本誌へ寄せられた読者の皆様のお悩みで多かったのが、ベッドの上での不満や要望をなかなか口に出来ない、というものです。
 ――先ほど言った通り、なんでもその場で解決してしまいたいほうなので、自分ならすぐに言ってしまうと思いますし、相手にもそうして欲しいです。
 ――思ったことをその場で言い合えるというのは、確かに理想的な関係かもしれません。それでも、言えないという人のほうが多いのではないでしょうか。
 ――逆に、なぜそう思うのかが気になります。だって、パートナーでしょう?
 ――恥ずかしい、気まずい、相手の心やプライドを傷つけたくない……。本音を打ち明けることで嫌われたり、関係が壊れてしまうのが怖い、というところでしょうか。
 ――なるほど。
 ――流川選手は、そういった不安に駆られることはないんですか?
 ――ないわけではないですが、だからといって一人で悩んでもしょうがないでしょう。それに、単なる愚痴や文句ならともかく、建設的な意見や要望すら受け入れてくれないパートナーなんて、さっさと別れたほうがいいんじゃないですか。
 ――辛口ですね(笑)
 ――そうでしょうか。時間の無駄だと思いますけど。
「……うわあ」
 再び誌面から目線をあげ、三井は耐え切れずに手で口元を覆いながら肩を揺らした。相変わらず頬は熱いが、それ以上にむずがゆい。尻の座りが悪い。表情筋が痛い。一体全体あの主語も述語もクソもない流川語のどこをどう翻訳したらこういうふうになるのか、逆翻訳をかけて元の発言を確かめたいくらいだった。
 前半部分はなんだかやけに流川が不器用な正直者のように書かれていて、実態を知る三井にとっては噴飯ものである。口下手などと書けばなんとなく素朴で実直な感じの印象になるが、流川のあれは単なる省エネだ。エコノミーだ。最短距離を直線で歩きたいだけだ。いちいち喧嘩になるのは、流川の言葉選びがあまりに直截で露悪的だからである。
 しかし彼の名誉のためにひと言申し添えておくならば、流川は確かに短気で喧嘩っ早いが、決して短絡的な男ではない。じつは意外と冷静で、物事をきちんと俯瞰し、客観的に分析して考えられる男なのだ。それがどういうわけか口から出てくる言葉と態度はいつも喧嘩腰で、ぶっきらぼうで。そういうどこかちぐはぐで不器用なところが可愛いといえば、それはそうなのだが。
 閑話休題。
 さて後半は後半で、流川の不機嫌が編集部による意訳フィルターすら突き抜けてしまっているのがどうにも可笑しかった。さっさと別れたほうがいい、だなんて、こと恋愛相談において一番言ってはいけない言葉だ。そこへきて時間の無駄とまでくれば、三井の脳裏には見慣れたしかめっ面が思い浮かんでますます笑えてくる。インタビューの切り口も当初に危惧したよりはだいぶマイルドで、これも恐らく、流川による激しい抵抗の表れだろう。
 しかしどういう手管を使ってこれほどの発言を引き出したのか、三井の胸には、顔も名前も知らない編集部の面々への畏敬の念がふつふつと沸きあがっていた。流川の実態をよく知る人間であれば明らかに本人の発言ではないと分かる箇所も、辛うじて嘘とまでは言い切れない補足や意訳程度で済んでいる。
「ったく、こんなカッコよく撮ってもらってるってのによ……」
 中身がなあ。
 三井は呆れ半分にそう呟くと、にやけた顔を隠すことなく誌面の恋人に指を這わせた。
 カメラに切り取られた流川だけを見ていると、その怜悧な美貌と強靭な肉体が醸し出す神秘的な雰囲気ばかりが際立って見える。しかし実際の流川は、この程度のインタビューでもいまだに外面を取り繕えないような、そういう男なのだ。バスケが上手くて顔がいいから許されている部分も多分にあって、それは高校時代からずっと変わらない、流川の短所であり長所でもある。
 呆れることも腹が立つことも多いが、けれど結局はそんなところもひっくるめて可愛いと思ってしまうのは、やはり惚れた欲目というやつなのだろう。
 インタビューの最後は、こう締めくくられている。
 ――流川選手にとって『愛』とはなんでしょう?
 ――分かりません。そんな難しいこと、俺に聞かないでください(笑)

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